Sweetな彼、Bitterな彼女
反応の鈍い蒼の様子に、自分では産むという選択肢以外、考えつかなかったけれど、蒼は違うかもしれないと思い至った。
「…………産んでもいい?」
『え?』
「わたしは産みたいけど、蒼の意見は違うかもしれないから……」
『な、に……言ってるんだよっ!? 紅っ!? 産んでほしいにきまってるっ!』
蒼の叫び声の後、電話の向こうが静まり返る。
「ねえ、蒼…………いま、職場にいるんじゃないの?」
『……そうだけど』
途端に、どっと笑い声が上がり、拍手と祝福の言葉が聞こえて来た。
わたしも思わず笑ってしまった。
堪え切れない嬉しさに包まれて、どうしたって笑顔になってしまう。
自分が、子どもがほしいと思っていたなんて、知らなかった。
「つわりもないし、あとひと月ちょっとだから、予定どおり九月末にそっちへ戻ろうと思う。ちょうど雪柳課長もいるし、産休や復職の相談もいまのうちにして……」
『雪柳課長? なんで、あの人がそっちにいるの?』
あきらかにむっとしている様子の蒼に、誤解のないよう事実を伝える。
「出張よ。わたしが立ちくらみを起こして、階段から落ちそうになったのを助けてくれて。病院まで、付き添ってくれたの」
『……行く』
「え?」
『すぐに行くからっ!』
「蒼……? 蒼っ!?」
一方的に通話が切れ、溜息を吐く。
蒼は、雪柳課長が独身のままだと、いつまでも敵愾心を燃やしてしまいそうだ。
「どうだった? 白崎のやつ、舞い上がってなかったか?」
会計を終えた雪柳課長に訊ねられ、苦笑を返す。
「雪柳課長と一緒だと言ったら、いきなり電話を切られました。たぶん、いまごろ空港に向かってると思います」
「嫉妬し過ぎだろう。結婚したら、家の中に閉じ込められるんじゃないか?」
「かもしれません。でも、嫉妬するくらい、わたしのことを好きってことですから。ちゃんと話をして、不安を取り除けば蒼はわかってくれます」
嫉妬や束縛、独占欲。
相手を好きな気持ちから生まれるものは、無理に切り捨て、押し込めなくてもいい。
そう思えるようになったのは、蒼のおかげだ。
蒼が、まっすぐに気持ちを伝えてくれるだけで、マイナスの感情はプラスへ変わる。
わたしも同じように、まっすぐに気持ちを伝えれば、蒼のマイナスの感情をプラスへ変えられる。