Sweetな彼、Bitterな彼女
「は?」
「帰り、晩ごはんを食べに……」
「行きません」
最後まで聞かずに、断った。
蒼は、わたしがこれまで付き合ってきた人たちとは、あきらかにちがう。
二人で食事をして、楽しい時間を過ごせるとは思えなかった。
「どうして?」
(行きたくないからに決まってるでしょうがっ!)
本音を心の中で叫びつつ、にっこり笑う。
「白崎さんの領収書の処理をするので、残業になりますから」
「じゃあ、それは自腹でいいよ」
奪い返そうとする蒼の手から、領収書を遠ざける。
「そういうわけには、いきません」
「でも、チョコレートのお礼もしたいし」
「では、ホワイトデーに」
「残業させるお詫びがしたい」
「仕事ですから」
断り続けるわたしに、蒼は小さな溜息を吐いて呟いた。
「……俺とは、行きたくないってこと?」
(うっ……)
遊んでもらえず、しょぼくれる子犬のような目で見つめられ、罪悪感を覚える。
わたしは、公私をきっちりわけたいタイプなので、仕事を離れてまで、会社の人間と仲良くしようとは思わない。
プライベートでも付き合いがあるのは、同期の詩子くらいのものだった。
「よく知らない相手と二人きりで会うのは、気が進まないだけです」
「よく知り合ってからなら、いいってことだよね? じゃあ、友だちになる」
「友だち……」
小学生か! と内心ツッコまずにはいられなかった。
「今日のところは諦めるけど、また来るね? 紅」
蒼は、ひとりで納得し、にっこり笑って上機嫌で去っていく。
わたしは、手にした領収書を見下ろして溜息を吐いた。
(どうせ社交辞令。そのうち、忘れる)
変わり者のデザイナーと言葉を交わすことは、これきり。
もう二度と会うこともないだろうと思った。