Sweetな彼、Bitterな彼女
「そう言えば……紅って、運転できるんだっけ?」
「できるけど、学生の時以来、まったく運転してないし……交通量の多い道路を運転する自信はないかも」
「そっか。ま、出かけるなら俺も一緒に行くし、無理に運転しなくても大丈夫」
にっこり笑った蒼は、わたしにしてみたら神業としか思えない滑らかな運転で、複雑な道を迷うことなく走る。
高速を下り、ビルやお店が並ぶ繁華街を通り抜け、交通量がぐっと減った。
わたしが、蒼の引っ越し先を訪れるのは初めてだ。
住所は聞いていたけれど、周辺の雰囲気やどんな部屋なのかは、まるで知らない。
やがて差しかかった住宅街は、塀に囲まれた豪邸が建ち並んでいる。
名のある建築家の作と思われる、洒落た造りの家々を興味深く眺めていたら、蒼が洋風な門の前で車を停めた。
リモート式の門が開き、その先には緑の中を横切る小道がある。
計算された自然美は、典型的なイングリッシュガーデンだ。
草花が生い茂る中には、さりげなく置かれたベンチやつる薔薇のアーチがあり、庭を仕切る衝立煉瓦の壁は、エスパリエ仕立ての真っ赤な花が飾っていた。
ほどなくして目の前に現れたのは、落ち着いた焦茶色の外壁が美しい平屋の洋館。
「蒼……家って……ここ?」
「昔、家族で住んでたんだ。設計したのは俺の父親。両親たちは、もう日本で暮らすつもりはないって言うから、使わせてもらうことにした。設備はだいぶ古くなってたから、大幅に改修したし、内装も手を加えてもらったよ。居心地は、そんなに悪くないと思う」
蒼のご両親は、心臓を患ったお祖母さんを看病するため、蒼が大学に入学すると同時に渡英して以来、あちらで暮らしている。
残念ながら、お祖母さんは蒼が大学を卒業した年に亡くなったそうが、二人はそのまま老後を英国で過ごすことにしたそうだ。
見せてもらった家族写真には、蒼と同じ紅茶色の髪をした美しい女性と、少々強面の男性が写っていた。
蒼によれば、お義父さんが恐いのは顔だけ。お義母さんには逆らえない。
あちらの大学に留学していたお義父さんにひとめぼれし、家族の反対を押し切って日本まで追いかけ、口説き落としたお義母さんは、とても情熱的で猪突猛進。
そんなお義母さんに、お義父さんはいつもハラハラドキドキさせられて、結婚生活がマンネリに陥ることもないらしい。
蒼は、わたしには絶対できないバックでの車庫入れを易々とこなし、助手席のドアを開ける。
家屋と同じ色の外壁で作られた車庫は、一台で使うには十分すぎるほど広く、直接家に入れる造りになっているようだ。
「紅の車も十分置ける。子どもが増えたら、もうちょっと大きな車にしてもいいし」
「子どもが……増えたら?」