Sweetな彼、Bitterな彼女
「一匹じゃ寂しいから、新しい紅ブランドは、白と黒の二匹にした。あ、傘も作ったんだ」
玄関の傘立てには、黒地に白い猫柄の傘がある。
「革で鞄も作ってみたし、陶芸にも挑戦した。猫付きの湯呑みとか、コーヒーカップとか、いろいろ作ったよ。事務所には服飾のデザイナーもいるから勉強を兼ねて、ルームウェアも作ったし……紅のことを考えてると、次々いろんなアイデアが浮かぶんだ」
ここで過ごすわたしの日常は、蒼で――蒼のくれる愛情で埋め尽くされる。
蒼に溺れる毎日が待っている。
怖くはない。
ただ、苦しいくらいに嬉しくて、声も出ない。
「そんなに部屋数はないけど、一応案内する?」
わたしが頷くと、蒼は玄関から奥へ伸びる廊下を進み、一枚目の扉を開けた。
「ここがリビング。で、そっちの奥がダイニングとキッチン。キッチン横には貯蔵庫がある」
広々とした空間は、仕切りのないワンフロア。
食器棚、ダイニングテーブル、ソファー、ローテーブル……置かれている家具はすべて『A to _』シリーズだ。
「それから、この奥はバスルーム。必要なら、仕切ることもできるけど、なるべく室内の温度を一定にしたほうが、紅の身体にもいいと思う。寝室と書斎、子ども部屋はバスルームの向こう側」
バスルームは、リビングからも寝室側からも出入りできるようになっていた。
「客室は二つもいらないと思うし、一つ紅が好きに使って。その代わり、書斎は俺に使わせてほしいんだ。もう、いろいろ運び込んじゃってるし」
アンティーク調の家具でまとめられた書斎には、パソコンやわたしには用途がわからない道具などがごちゃごちゃ置かれていた。
「子どもが生まれたら、家で仕事ができるようにするつもり。紅が育児休暇取るにしても、交代で面倒を見られるほうが楽だよね?」
「……蒼の職場は、それでもいいの?」
男性が育児休暇や在宅勤務制度を使うのは、大手企業でもまだまだ難しい。
KOKONOEでも、なかなか浸透していないのが実情だ。
人数の少ないデザイン事務所で、そんな融通が利くのかと訊ねれば、蒼はケロリとして「みんなそうしてるから」と言った。
「どこでデザインするかは重要じゃない。クライアントを納得させられるものを作れるかどうかが重要だから。打ち合わせで、どうしても出なきゃいけないことはあると思うけど、いざとなれば電話とかWebでも会議はできるわけだし。柔軟な働き方ができるほうがいいって、みんなの意見が一致してるから大丈夫」
「それなら……いいんだけど」
「ここは、子ども部屋。日当たりがいいし、庭もよく見えるよ」
子ども部屋は、家具もなくガランとしていたが、天井は空、壁は森だ。
「なんだか……絵本の中にいるみたい」