Sweetな彼、Bitterな彼女

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「あの蒼くんが……一児のパパになるなんてわかったら、悲鳴が上がりそうね? モテる夫を持つって、大変ねぇ……紅」


無事プレゼンを終え、質疑応答中の蒼を見て、詩子がしみじみと呟いた。


JDAは、さまざまな製品を受賞の対象としているため、プレゼンは部門別に部屋を分けて行われる。

プレスやマスコミ関係者、投資家やデザイナーを目指す若者たちが大勢詰めかけていたが、一般の女性の姿も多く目についた。


「夫じゃないわよ。まだ」

「事実上、夫だろう?」

「まだ、籍入れてなかったんですか? 蒼のやつ、何をやってるんだか……」


関係者用の席に座るわたしの横には、詩子だけでなく、雪柳課長、そして緑川くんがいる。


「ロマンチックな演出でも、考えてるんじゃないの? 紅。大勢の前で、ひざまずいてプロポーズするとか」

「まさか」


その気になれば、いろいろと演出もできる蒼だが、いわゆる型に嵌ったやり方はしない。

ひざまずいてプロポーズするなんて、あり得ない。

そう言ったら、雪柳課長に呆れられた。


「黒田。プロポーズは、とっくにされているだろう?」

「はい?」

「シリーズの品番を見て気づかなかったか?」

「品番?」


首を傾げるわたしの代わりに、誰かが蒼に訊ねる声がした。


『このシリーズは、Aから始まって、Zまで品番があるようですが、どうして「K」だけないんでしょうか? 意図的なものですか?』


なぜか蒼は嬉しそうに笑って、頷いた。


「もちろん、意図的に『K』を外しました」

『理由を教えていただけますか?』


わたしも知りたいと思った時、蒼と目が合った。


「A to K は、大事な人へ贈る指輪に刻みたかったので」

『それでは……このシリーズは、ご自分の未来を考えて作ったと?』

「はい。彼女と過ごす日常を思い浮かべながら、デザインしました。恋人として、夫婦として、家族として、かけがえのない友人として。形を変えながら、その時々で最適な関係を築けるように。健やかなる時も、病める時も。嬉しい時も、苦しい時も。どんな時でも傍にいたいから」


知らなかった。

蒼がなぜ、『A to _』シリーズを作ろうと思ったのか。

そこに込められた思いを知らずにいた。

どれほど蒼がわたしを想ってくれていたか、知らずにいた。


「紅」


チョコレート色の瞳が、まっすぐにわたしを見つめる。


「俺と結婚してくれる?」


返事は声にならず、何度も頷くわたしを見て、蒼は笑っている。



大好きなチョコレート色の瞳は――、



わたしが、どれほど蒼を好きか「知っている」と言っていた。

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