Sweetな彼、Bitterな彼女
翌日。
社員食堂で親子丼を食べるわたしの前には、なぜかカツカレーを食べる蒼がいた。
「紅は、和食が好きなの?」
「そういうわけじゃないと思うけど」
「でも、お米は好きだよね? 一昨日も、ごはんは山盛りだった」
「よく見てるわねぇ。そのとおりよ。食堂の人たちも、何も言わずとも紅の分は山盛りに
してくれるわね」
愛想よく蒼の質問に答えているのは、わたしではない。蒼と並んで座っている詩子だ。
「俺、よく食べる人、好きだよ。一緒に食事してて、楽しいし」
「それなら、紅はバッチリね。回転ずしでは、最低でも十皿は食べるし」
「へえ、回る寿司なんか行くんだ? こういう会社に勤めている女の人は、ちゃんとした寿司屋に行くのかと思ってた」
「入社したてで、いろいろ頑張っていた頃はそうだったけど……いまじゃ、『おしゃれ』より『気楽』とか『くつろげる』というほうが、店を選ぶポイントになってるわ。蒼くんこそ、おしゃれなお店に行きまくってそうだけど? クリエイティブな業界人は、場末の酒場なんかじゃ飲まないでしょ?」
「仕事関係ではそうだけど、気取った店はあんまり好きじゃない。プライベートで行くのは、安くて量が多くて美味しい店」
「紅が喜びそうね?」
「でも、俺とは友だちじゃないから、一緒には行かないって言われた」
「紅……」
呆れたまなざしを寄越す詩子に、ぼそぼそと言い訳する。
「本当のことだし。プライベートでまで、気を遣いたくないじゃない……」
「蒼くん、許してやって。紅は、失恋したてで思考回路が正常じゃないの」
「ちょっと、詩子っ!」
「気にしてない。これから友だちになればいいんだし。社内恋愛って面倒くさそうだと思ってたんだけど、こういう時、同じ会社って便利だよね」
「会社は、仕事するところでしょう!」
わたしがそう言えば、蒼は首を傾げた。
「そうだけど、人と出会う場所でもあるよね? KOKONOEは、従業員数も多いし、部門ごとに職域がはっきり分かれているから、なかなか全員とは知り合えない。だから、機会があれば有効活用したい。せっかく同じ会社で働いているんだし、どんな出会いが転がっているか、わからないしね?」
そう言えるのは、誰かに拒絶されることを恐れない強さがあるからだ。
蒼なら、きっと拒絶されてもめげずに向かって行き、相手の懐にするりと入り込んでしまうのだろう。
他人とほどよい距離を保っておきたいわたしとは、正反対だ。
「蒼くんは、友だちが多そうね?」
「どうかな? 知り合いは多いけど、本当に気の合う相手は少ないし……紅みたいに、ずっと一緒にいたいと思う人と出会ったのは、初めて」
ちょっと照れくさそうに笑う姿に、胸がキュンとしかけ……慌てて否定する。
(真に受けちゃダメ。そんなわけない)
息をするように、さらりと口説き文句を言えるのは、慣れている証拠。
この顔で、この性格で、いままで彼女が一人もいなかったなんてことは、あり得ない。