Sweetな彼、Bitterな彼女
「そうなの? したくなったら、いつでも言って」
(完全に、わたしの反応を面白がっている……)
「絶っ対に、ならないわよ」
「じゃあ、紅は、どういう時にキスしたくなるの?」
「そんなこと、ここで言えるわけないでしょうっ!?」
生意気な後輩の首を締め、ガクガク揺さぶってやりたい。
そんな気持ちを抱いた時、派手な呼び出し音に蒼が顔をしかめた。
「お仕事?」
スマホのディスプレイを一瞥し、詩子の問いに頷き、立ち上がる。
「……ミーティングがあったの忘れてた」
「忘れてた……? 何やってるのよ! さっさと行きなさい! 新人なんだから、遅れるなんてもってのほかよ!」
思わず叱りつけたわたしに、蒼は直立不動で返事をした。
「Yes, ma’am!」
しかし、真面目なのはうわべだけ。すかさずわたしのきゅうりの漬物を掠め取る。
「ちょっとっ!」
(最後に食べようと思って取っておいたのに!)
「あ、もしかして食べたかったの? ごめん」
半分になったきゅうりが、口に放り込まれた。
「またね、紅! はい、白崎です。すみません、すぐ行きますっ!」
再び鳴り出したスマホに応答しながら、蒼は食堂を飛び出して行った。
社食の漬物は大好物なのに、気になるのは唇に触れた指の感触ばかり。
放り込まれたものを吐き出すわけにもいかない。
詩子は、無言で漬物を噛みしめるわたしを見て、くすりと笑った。
「紅。わかっていると思うけど、顔……」
「……言わなくていい」
「残念だわぁ。紅をからかうと面白いってことは、わたしだけが知っている秘密だったのに」
「詩子っ!」
「人の恋路って、どうしてこんなに面白いのかしらねぇ」
「…………」