Sweetな彼、Bitterな彼女

「ほら」


一つ取り上げ、子猫の口元に押し付ける。

最初は強情そうな顔つきで抵抗していたけれど、甘い匂いに我慢しきれなくなったらしい。

子猫は小さな口を開け、「ぱくり」と食べた。

もごもごと口の中でチョコレートを転がしながら、じっとわたしを見つめる瞳が、やがていきいきと輝き出す。


「美味しい?」


お腹が空いていたのか、それともよっぽど美味しかったのか。
子猫は、次々とチョコレートを口に放り込む。

あっという間に最後の一粒になり、ちらちらとこちらを窺う様子に、つい笑ってしまった。


「全部食べていいよ? わたし、あんまりチョコレート好きじゃないから」


それでも、子猫は最後の一粒を半分ほど食べると、残りをわたしに差し出した。


「いいってば」


やさしく押し返したら、掴みかかるようにして、チョコレートを押し付けてくる。


「もう……わかったって!」


子猫の必死な様子に絆されて、しかたなく食べたが……。


(……甘い)


子猫は、ぺろりと唇についたチョコレートを舐め、空になった箱を恨めしそうに見つめている。


「チョコレート、好きなの?」


言葉も通じず、会話は成り立っていないけれど、子猫の丸い瞳は「そうだ」と言っている。


(いまなら、触らせてくれるかも?)


赤茶色の毛並みに手を伸ばしかけた時、「ヴー」という無遠慮な音が柔らかな空気をかき乱した。


「……もしもし」


溜息と共に応える。


(こう)! どこにいるんだっ!?』

「……コンビニだけど」

『こんな夜中に出歩くんじゃないっ! いますぐ、家に戻りなさい!』

「…………」


沈黙から、わたしの気持ちを読み取ったのだろう。
電話の向こうの父親は、静かな声で告げた。


『お母さんは、出て行ったよ』


母親が家を出たと聞いて、悲しいとは思わなかった。
むしろ、会わずに済むことに、ほっとした。

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