Sweetな彼、Bitterな彼女
「詩子。席がなくなる前に、さっさと食べないと」
「紅。また、鶏肉? この四年、鶏肉以外のメニューを選んでいる記憶がほとんどないんだけど」
「いいじゃない、美味しいんだから。それに、食べている部位は違うし!」
「鶏肉に変わりはないでしょうが」
「ささみとモモ肉の味わいは、同じじゃないわよ! もちろん、胸も、レッグも、手羽先も。地鶏とブロイラーでは、まったく違うし」
「……そんなに鶏肉が好きなら、焼き鳥屋でも始めたら?」
「そうね……退職後の目標に、いいかも。炭火焼は、外せないわ」
「冗談抜きで、ねじり鉢巻きとか似合いそう」
「自分でもそう思う」
詩子と二人、KOKONOEの家具で作るレトロな焼き鳥屋の構想について熱く語り合いながら、鶏のから揚げ定食をガツガツと食べ終える。
相変わらず、見目麗しい女子社員たちに囲まれている蒼を横目に、騒がしい社員食堂を後にしようとした時、大きな声で呼び止められた。
「紅っ!」
ずらりと並ぶ綺麗どころを置き去りにし、蒼が駆け寄って来る。
「今夜、チョコレートのお返しさせて」
その瞬間、視線とは、突き刺さるものなのだと初めて実感した。
いや。突き刺さるというより、「滅多刺し」だ。
「予定入ってないよね?」
予定があると嘘を吐けば、面倒なことにはならない。
ちらりとそんなことを考えたけれど、いつになく真面目な表情の蒼に、嘘は吐けなかった。
「……どうして?」
「欲しいから。紅の……」
奇妙な間のせいで、心臓がバクバク音を立て始める。
次の言葉を待ち、柔らかくて、甘い唇から目を離せなくなる。
「……時間をくれない?」
(ま、紛らわしい! ……って、わたしってば何を考えているのよ!)
頭の中の妄想を必死で打ち消していたら、伏し目がちにねだられた。
「紅、ダメ?」
思わず「くうぅ」と心の中で呻く。
普段の蒼は、年下であることを武器にして、甘えるようなことはしない。
年下扱いが過ぎれば(本人は隠しているつもりだろうけれど)、不貞腐れる。
だが、ここぞという時には手段を選ばない強かさは、しっかり持ち合わせていた。
(う、頷いてしまいたい……でも、ここで頷いたら、蒼の勢いに流されそうな……それに、絶対今日も残業だし……)
ためらうわたしを見かねた詩子が、返事をした。
「いいわよ。どうせ、ヒマだし。もう長いこと愛のある生活から遠ざかっている紅には、潤いが必要だから」