Sweetな彼、Bitterな彼女
「かわいいわねぇ」
社食を出るなり、詩子がくすくす笑い出した。
「どこがっ!? あれ、確信犯でしょうっ!?」
「そりゃそうでしょうよ。ほかの男どもを牽制するには、『これは、俺の獲物だ!』とはっきりさせるのが一番だもの」
「あのねぇ、詩子……三つも年下なのよ? どうこうなるなんて、あるはず……」
「恋をしない条件を探すなんて、それこそ恋をしている証拠じゃない?」
「恋なんか、してない」
「あんなに一生懸命なんだから、一度くらい付き合ってあげてもいいんじゃないの? どうするか、性急に決める必要はないんだし。それとも……怖い? 本気になりそうで」
詩子の言葉に、ギクリとした。
わたしを見ると、蒼はあからさまに嬉しそうな顔をする。
話す声が、ワントーン明るくなる。
いつだって、こちらが照れてしまうほどまっすぐに、見つめてくる。
駆け引きなど、ない。
人目を気にして、装うこともない。
蒼のわたしに対する気持ちは、いつだってはっきりしていた。
気づかいないフリなんて、できない。
――揺さぶられずにはいられない。
「紅は、なんでも難しく考えすぎ。一度くらい、恋に溺れてみたら?」
「イヤよ。ほどほどの付き合いがいいの」
「ほどほどの付き合いでは、ほどほどの満足しか得られないと思うけど?」
「それでいい。何事も、ほどほどが一番でしょ」
人の心は欲張りだ。
恋愛にのめり込み、溺れるほどに欲しいものが増えていく。
そして――飢えと渇きにもがき苦しんで、理性を失い、愚かな行為に走ることになる。
あの人のように。
「蒼くんは、『ほどほど』では満足しないと思うけど?」
「でしょうね。だから、わたしなんかと付き合っても、どうせすぐに飽きるわよ」
階段を上るわたしとは逆に、下る詩子がふいに叫んだ。
「ねえ、紅!」
「何よ?」
こちらを見上げる詩子は、「肉食」の笑みを浮かべた。
「一夜の過ち、犯してみれば?」
「は?」
「紅が、自分の気持ちを知るには、それが一番早いと思う」