Sweetな彼、Bitterな彼女

串ものを制覇したあとは、漬け物、枝豆、たこわさ、いかの塩辛、カリカリに焼かれ、明太子を載せた油揚げ。次々と酒の肴の定番を注文した。

料理も、ビールも、美味しかった。

ほろ酔い加減になれば、気も緩む。

好きな映画監督、作家、音楽のジャンル。
学生時代のこと、入社してからのこと。
子どもの頃に、なりたかったもの。
いつか飼いたいと思っている猫の話。

会話上手な蒼に乗せられて、他愛ない話をたくさんした。

話せば話すほど、わたしと蒼の価値観や背景は真逆だと暴かれた。

だからこそ、もっともっと知りたくなった。

時間も、年の差も、ためらいも。
お互いを知るために邪魔なものを忘れて盛り上がり、気づけば居酒屋の閉店時間になっていた。

終電はとっくに終わっている。


「駅前なら、タクシーの一台くらいは捕まえられるかな……」

「たぶん」


のんびり駅へ向かって歩き出し、蒼が差し出した手を握る。
手を繋ぐ必要なんかなかったけれど、そうするのが自然なことのように思えた。


「春の月」


蒼の呟きで見上げた空には、朧月が浮かんでいる。


「春だと思ったら、もう夏で、夏だと思ったら秋で……なんか、年々、季節が過ぎるのが早くなるわ……」

「毎日、充実してるってこと?」

「ちがう。同じことの繰り返しってこと。惰性で過ごしているだけ」


異動する予定もなければ、新しく趣味を持つつもりもない。
新年にたてた「禁煙」の誓いは三日で破り、チョコレートも相変わらず好きになれない。

大人になるということは、予想もつかない出来事と巡り会う確率が激減し、感動や驚きが薄くなることなのかもしれない、と思う。


「でも……俺は、何度でも『今日』を繰り返したいけど……」


蒼はそう言ったきり、黙り込んだ。

手を繋いで落ちる沈黙は、居心地が悪いどころか、むしろ心地よかった。

このままずっと歩き続けられそうだと思った視界に、長蛇の列が映る。

金曜日、しかも送別会のシーズンでもあるためか、駅前でタクシーを待つ人の数は普段の数倍。
三十分待っても、一台の空車も来ない。


「紅」


蒼が、ためらいがちに訊ねた。


「タクシー、来そうもないから…………俺のうち、来る?」

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