Sweetな彼、Bitterな彼女
蒼が住むマンションは、駅からほんの数分の場所にあったが、とても入社一年目で住めるような物件ではなかった。
いかにもデザイナーズマンションといった造りで、エントランスには奇怪なオブジェが飾られ、壁には近代的な絵画がずらりと並ぶ。
扉ひとつ、ボタン一つに至るまで、デザインはもちろん、素材にまでこだわりが見え隠れし、まるで美術館の中を歩いているようだ。
「すごく……おしゃれなマンションね?」
高価な異空間に慄くわたしに、蒼は「そう?」と首を傾げる。
「住みたくて住んでるわけじゃないけど。俺の父親がオーナーで、家賃がタダだから」
「……オーナー?」
「建築設計が本業。最近は、自分が設計に関わったビルやマンションに投資してる。いまは日本にいないから、あんまり動向を把握できてない」
「蒼って……」
(……御曹司?)
気にはなったが、わたしがいま知りたいのは、蒼の背景ではなく、蒼自身だった。
「紅」
蒼は、玄関を入るなり、わたしに靴を脱ぐ間も与えず、玄関のドアに押し付けて、キスをした。
まるで氷菓を味わうように、わたしの唇を舌でなぞり、優しく食み、自ら舌を差し出すまで焦らす。
「はぁっ……あお、い……」
初めてじっくり味わう蒼の唇は、思っていた以上に柔らかい。
舌を絡め取られた途端、足に力が入らなくなった。
蕩けるようなキスに、わたしはあっけなく陥落する。
「んっ……あっ……」
口の中をまさぐられているだけなのに、身体の奥底をかき回されているような錯覚に襲われる。
「紅ってば……エロすぎ」
蒼は、ひとりでは立っていられなくなったわたしを抱きかかえ、ようやく玄関からリビングへと移動した。
部屋の中は、殺風景に感じるほど必要最低限のものしかない。
わたしをソファーへ横たえた蒼は、怖いくらいに真剣な表情で見下ろしてくる。
「紅……、このまましてもいい?」
いまのわたしなら、雰囲気に流されてしまうとわかっているだろうに、きちんと気持ちを確かめてくれる優しさが、嬉しかった。
わたしがダメだと言ったなら、きっとやめるのだろう。
でも、やめてほしくはない。
「……して、蒼」
蒼の首にしがみつき、ソファーから二人で滑り落ちた。
「んっ」
「ごめん、床じゃ……」
離れようとする蒼を引き留める。
「いいから……早く!」
「紅……どれだけ俺を煽れば気が済むの?」
蒼は、苦笑しながらも、わたしの望みを叶えてくれた。
堪え切れない欲望にまかせ、時間も忘れ、リビングの床で服も脱がずに繋がった。
恥ずかしいとか、声を殺そうとか、そんなことは欠片も思わなかった。
思う余裕などなかった。