Sweetな彼、Bitterな彼女
昨日、腹痛に見舞われて午後から学校を早退したわたしは、駅前で知らない男と腕を組む母親を見かけた。
二人は、シティホテルへ入って行き、母親が帰宅したのは夜の八時過ぎだった。
最初は、黙っていようと思った。
見まちがいかもしれないから。
でも、帰って来た母親の首筋には、見まちがえようのない赤い痣があった。
「不倫してるの?」と訊いた。
母親は引きつった笑顔で言いつくろおうとしたけれど、「ホテルへ入るのを見た」と言ったら、諦めた。
そして、「不倫じゃない。本気なの」と言い出して、今夜出張から帰って来た父親に離婚を切り出した。
『紅?』
「いまから、帰る」
電話を切ったわたしを子猫が心細そうに、見上げる。
(連れて帰るしかないか……)
このまま放置すれば、寒さで弱ってしまうだろう。
「ねえ、一緒に……」
立ち上がり、手を差し伸べた時、店の前に一台の車が止まった。
「――っ!」
運転席から飛び出してきたのは、背の高い女の人。
ちょっと見惚れてしまうほど、美しい人だった。
彼女は、子猫を見るなり走り寄り、抱きしめた。
泣きながら、わたしには理解できない言葉を囁き、頬や額にキスの雨を降らす。
子猫は、ちょっと居心地悪そうな顔をしながらも、大人しく抱かれていた。
彼女が、子猫の保護者なのだろう。
「お迎えが来て、よかったね?」
これで一安心だと思うと、自然と笑みがこぼれた。
しかし、子猫は何か気に入らないことでもあるのか、車へ乗るよう促されても動こうとしない。
「帰りなよ? 苦くてイヤな気持ちも、甘いチョコレートを食べたら、なくなったでしょ?」
トン、と軽くその背を押せば、子猫は渋々歩き出し、大人しく車に乗った。
「バイバイ」
窓越しにこちらを見つめる子猫に手を振る。
(……わたしも、帰らなくちゃ)
遠ざかる赤いテールランプが通りの向こうに消えた途端、急に寒さを感じて身震いする。
(いつか……猫を飼おう)
家へ戻る道をゆっくりと歩きながら、そんなことを考える。
チョコレートのように甘く、優しい気持ちをくれるもの。
傍にいて、温もりを分け合うだけで満たされる。
そんな存在が、欲しかった。