Sweetな彼、Bitterな彼女
Bitter version 1

三月十四日の金曜日。

年度末決算の激務真っ只中ではあるが、財務経理部女子社員一同の熱い要望により、今年のホワイトデーはノー残業デーと定められた。

彼氏や旦那様とのデートを控え、そわそわしている女性たちは、いつもより気合いの入った服とメイクで準備万端だ。

わたしも、今年は「仕事」ではなく「蒼」と過ごす。
ホワイトデーのお返しと、わたしたちが付き合い始めてから一周年のお祝いを兼ねてのデートだ。


「黒田くん、三橋くん、ちょっといいかな?」


終業時刻まであと十分。

そんな時間にわたしを呼んだのは、ヘルニアから無事生還して以来、定時帰宅の横田課長。

向かいに座る三橋係長と顔を見合わせ、首を傾げた。


「何だろう?」

「何でしょうね?」

「心当たりは?」

「まったく」


小声で囁き合い、オフィスの入り口で待つ横田課長のもとへ向かう。


「どうかしましたか? 課長」

「何か問題でも?」

「いや、ちょっと二人に話があってね」


言葉を濁した横田課長は、オフィスの向かいにあるミーティングルームへわたしたちを招き入れた。


雪柳(ゆきやなぎ)課長、二人を連れて来たよ!」

「終業間際に、申し訳ない」


ミーティングルームにいた先客が、立ち上がって軽く頭を下げた。

軽く百八十センチを超える長身。
スーツがよく似合う引き締まった身体。
短くカットされた清潔感のある黒く艶やかな髪。
切れ長の目と男性らしくしっかりした顎。

三十代半ばで――独身。

雪柳課長は、社内の「結婚したい男」ナンバーワンに輝くイケメンだ。

密かに狙っている女子社員は多いが、浮いた噂は皆無。
仕事が生きがいと思われる。

獲得した契約は、数知れず。
社長賞を三度も受賞。
出世街道まっしぐら。
ゆくゆくは、経営陣に加わるだろう逸材。


そんな彼は、陰で「営業の鬼」と呼ばれていた。


狙った相手は、逃さない。
あの手この手で必ず契約を勝ち取る。
部下には、飴と鞭を使い分け、営業魂を叩き込む。
いい加減な仕事をする輩は、上だろうと下だろうと即座に切り捨て、顧みない……らしい。

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