Sweetな彼、Bitterな彼女

「雪柳くんも知っているとは思うけれど……黒田くんは、社内の重要人物とお付き合いしているからね。十分、配慮してあげてほしい」


(な、何を言い出すのーっ!? 課長っ!)


雪柳課長は首を捻ってしばし考え込む様子を見せたが、すぐに思い当たったようだ。


「もしかして、白崎 蒼を飼っているという年上の女子社員は……黒田か?」

「かっ……飼ってませんっ!!」


誤解と偏見に塗れた言葉に、相手が誰であるかも忘れてつい抗議してしまった。


「そうか? 黒田の姿を見かけると、尻尾を振って飛んで行くらしいじゃないか」


真面目な顔で言われ、頬が熱くなる。


「そ、そんなことっ……」


ない、とは言えなかった。

社内でわたしを見かけると、蒼は何をしていようと、どこにいようと、必ず駆け寄って来る。

わたしたちが付き合うようになって一年。

そんな蒼の行動に、社内の人間はすっかり慣れてしまって、咎められるどころか呆れられている。

わたしも、思いついたら即行動の蒼には、何を言っても無駄だと諦めていた。
諦めていたけれど……改めて指摘されるとものすごく恥ずかしい。

雪柳課長は、うろたえるわたしの様子がおかしかったらしく、ふっと頬を緩ませる。


「涼しい顔をして受け流すかと思えば……」


近寄りがたく見える凛々しい顔つきが、一瞬にして柔らかく優しいものへと変わり、不覚にもドキッとしてしまった。


「白崎に、これからもすばらしいデザインを生み出してもらうためにも、黒田が仕事漬けにならないよう、注意する」

「い、いえっ! 仕事とプライベートは分けていますので、お気遣いいただかなくとも結構ですっ!」


公私混同はしたくないと言えば、なぜか苦笑される。


「無理な話だろ。忠犬に噛みつかれないよう、気をつけるよ。ところで……今夜は、白崎と約束していないのか?」

「あっ!」


時計を見れば、終業時刻を十五分も過ぎている。

蒼とは、エレベーターホールで待ち合わせているけれど、痺れを切らしてオフィスまで迎えに来ているかもしれない。


「今日は、顔合わせしたかっただけだから、帰っていいよ」


横田課長が笑いながら目配せする。


「すみません、あの、でも……」

「僕も早く帰らなくちゃ、奥さんに怒られるし」


横田課長が立ち上がり、素早く三橋係長がドアを開けたそこには、紅茶色の髪の持ち主がいた。

< 35 / 130 >

この作品をシェア

pagetop