Sweetな彼、Bitterな彼女
「……蒼」
「紅!」
笑顔でパッと振り返った蒼は、横田課長と雪柳課長を見た途端、気まずそうな表情になった。
「あ……おつかれさまです」
「おつかれさま。待たせて悪かったね? 白崎くん。ちょっと黒田くんと話があったものだから」
横田課長は、蒼に優しく微笑みかける。
「いえ……紅、まだ仕事が終わらないようなら、カフェで待ってるよ」
「あ、蒼、ええと……」
「いやいや。話は終わったから、遠慮なく黒田くんを連れて行っていいよ」
「せっかくのデートなんだ。仕事のことは、月曜まで忘れろ」
横田課長だけでなく、雪柳課長にまでそんなことを言われる。
モタモタしていれば、余計にからかわれるだけだ。
ここは、お言葉に甘えることにした。
「そ、それでは、あの……お先に失礼します」
急いでデスクを片づけて、鞄を手にオフィスを出る。
「お待たせ! 蒼」
「仕事は?」
廊下で待っていた蒼は、気づかわしげにオフィスの方へ目を向ける。
「今日は、みんな残業せずに早く帰ることになってるから、大丈夫」
「よかった。仕事の邪魔はしたくないから」
ほっとしたように笑った蒼の手が、わたしの手に触れた。
「あ、蒼っ! まだ社内でしょ!」
わたしと蒼が付き合っていることは周知の事実だが、イチャイチャベタベタする姿を披露したくはない。
しかし、思った以上に邪険に振り払ってしまい、蒼はしゅんとして項垂れた。
「紅は、そんなに俺と手を繋ぐのがイヤなんだ……」
「そ、そういうわけじゃないわよっ! ただ、時と場所を選んで……」
エレベーターが到着したため、一旦話を保留にする。
とにかく、早く一階へ着いてほしいと祈るわたしの耳に、蒼の呟きが聞こえた。
「キスしたいのを我慢しているんだから、手ぐらい繋ぎたい……」
「…………」
こちらに背を向けている人たちの神経が、わたしたちに集中するのを感じた。
狭いエレベーターの中では、どんな小さな声でも聞こえてしまう。
恥ずかしい会話を聞かれるより、手を繋いでいるほうがマシだった。
「……手、繋いでもいい」
羞恥心を押し殺し、小声で囁く。
蒼は顔を上げ、にっこり笑ってわたしの手を握る。
「うん。そう言ってくれると思ってた」
計算ずくだ。
(この……確信犯っ!)
キッと睨みつけるわたしに、蒼はニコニコ笑いながら、さらに恐ろしいことを言う。
「怒ってる紅を見ると、キスしたくなる」
「お、怒ってないっ!」
「皺できてるよ? ココ」
「なっ!」
眉間のあたりでチュッと音がした。