Sweetな彼、Bitterな彼女
「ん、取れた」
「…………」
エレベーターが一階に到着し、同乗していた人たちが、舌打ちしながらそそくさと降りて行った……ような気がする。
(もうすぐ二十八になるのに。入社六年目になるのに。何をやっているのよ、わたし……)
「紅、お腹空いてる? 一時間くらい待てる?」
「大丈夫だけど……」
もはや、蒼に抗う気力もない。
繋いだ手に引きずられ、居酒屋がひしめき合う繁華街とは逆方向へ歩き出す。
「先に、買い物したいんだ」
「買い物?」
珍しいことを言い出す蒼に、驚いた。
物欲のあまりない蒼は、仕事関係以外では、チョコレートを除き、必要最低限のものしか買わない。
ファッションにも興味がなく、よほどのことがない限りカジュアル一辺倒だ。
今夜も、例に漏れず何の変哲もないブルージーンズにTシャツ、スニーカー。
それでも、通り過ぎる女性たちが振り返るのだから、なんら問題はないのだろうけど。
「ここなら、紅のも選べるよね?」
蒼がわたしを連れて入った店は、メンズとレディース、両方を扱うセレクトショップだった。
価格は高めだけれど、質のいいシンプルなデザインの服が揃うと人気のお店だ。
「わたしの……?」
「ホワイトデーのお返し。ついでに、俺の服も紅が見立てて」
「え、いや、でもチョコレートに比べたら、高すぎるでしょ」
今年のバレンタインデーは、スプーンで食べるチョコレートを購入した。
カラフルなパッケージが目を引く商品は、味も格別だったらしく、蒼はとても喜んでくれた。
「あ、これ、紅に似合う。うーん、こっちがいいかな? いや、こっちか……」
オフホワイトのワンピース。ピンク色のシャツ。レモンイエローのカーディガン。蒼は、わたしが選びそうもない、甘めの色ばかり選ぶ。
「蒼……わたしの年齢を考えてほしいんだけど」
「年齢よりも、似合うかどうかのほうが重要だよ?」
「好きかどうかも重要」
不満そうな顔をする蒼に、にっこり笑って訊ねる。
「ねえ、蒼。このシャツ、どう? すごく似合うと思う」
わたしは、ピンク色のシャツを蒼にあてがった。
蒼のワードローブは寒色系ばかり。
甘い色を「着る」のが、好きではない証拠だ。
「それ……着たくない」
「わたしも、それ、着たくない」
「…………」
お互いの妥協点を見出し、蒼はネイビーのジャケットにグレーのシャツ、オフホワイトのパンツを。
わたしは、春らしいラベンダー色のワンピースと遊び心のあるシルバーのハイヒールを購入した。
買ってもらうつもりはなかったけれど、蒼に「そのまま買った服を着て行こう」と言われ、着替えている間に、支払いは終わっていた。