Sweetな彼、Bitterな彼女
いくら嬉しくても、いたずらに蒼の不安を煽り、試すような真似はしたくない。
「蒼。わたしは、一度に二人の人を好きになれる程、器用じゃないから」
熱烈な告白はできないけれど、シラフで言える、精一杯の気持ちを伝えたつもりだった。
蒼は、チョコレート色の瞳でじっとわたしを見つめる。
「……紅の好きな人って、誰?」
「え?」
話の流れが読めず、目を瞬く。
(……なぜ、それを訊く?)
「ねえ、誰?」
「誰って……」
「誰なの? 俺には、言えない相手?」
執拗に問う蒼の意図に、ようやく気づいた。
(わざとか!)
わたしが「蒼」の名を口にするまで、引き下がらないつもりだ。
「……わかってるくせに」
「わからないから訊いてるんだよ。ねえ、答えて。紅?」
(くぅ……ほ、絆されちゃダメ)
「紅……?」
蒼は、眉尻を下げ、しゅんとして俯く。
我慢しきれなくなって、とうとうわたしは押し殺した声で答えた。
「蒼に決まってるでしょ!」
恥ずかしさを打ち消すため、ぐいっとひと息にシャンパンを空ける。
パッと顔を上げた蒼は、満面の笑みだ。
「紅って、照れ屋だよね?」
「…………」
蒼を睨むわたしの目の前に、給仕が一品目の皿を置く。
「食べさせてあげようか? 紅」
「結構よ! ………なに、これ」
蒼をひと睨みして、ひと口料理を食べた瞬間……考えていたこと、感じていたこと、何もかもが吹き飛んだ。
鶏肉と野菜のテリーヌは、絶品だった。
「……美味しい」
つい、マナーもそっちのけで勢いよく完食してしまう。
(美味しすぎる……幸せ……)
「紅は、美味しい鶏肉を食べると機嫌が直るよね」
「単純だって言いたいんでしょ」
「単純じゃないよ。複雑で……攻略するのが難しい」
蒼の感想は、意外だった。
仕事では、トラブルに見舞われても、ミスをしても、勤めて冷静な態度を心がけている。
感情的になっても、デメリットしかないし、動揺してパニックに陥れば、傷口が広がるだけだから。
でも、プライベートではかなりグダグダだと、自覚していた。
蒼には、出会った時から、振り回されている。
「そんなこと……ないと思うけど? 意思が弱いし。すぐ諦めるし」
「意思が弱いっていうのは、そのとおりだね。禁煙できないし」
「うっ……」