Sweetな彼、Bitterな彼女
蒼といる時には煙草を吸わないように――と言うか、一緒にいるときに吸おうとするとキスされるので本数は確実に減っていると思われるが、未だ完全な禁煙はできずにいる。
「それとも……キスが欲しいから、煙草やめたくない?」
「…………」
グリーンピースのスープを掬う手が震える。
二人きりのときならまだしも、公衆の面前でこれ以上は、耐えられない。
わたしは、情けなくも白旗を掲げた。
「……お願いだから、普通の会話をして。蒼」
「普通の会話、してるよ」
「蒼っ!」
「普通の会話がダメなら、別のこと……してもいい?」
思わせぶりに見つめられ、顔が熱くなる。
「あお……あお、い……」
「コースを頼むんじゃなかった。紅を先に食べればよかった」
掬ったはずのスープは、全部皿へこぼれ落ちた。
深呼吸し、蒼を睨んで宣言する。
「……これ以上続けるなら、帰るわよ」
蒼は「つまらない」と言いたげな表情をしたが、すっと背筋を伸ばして優雅な仕草でグリーンピースのスープを掬う。
「わかったよ。続きは、あとにする。美味しいものは、じっくり楽しみたいしね」
「…………」
その後の蒼は、きちんとマナーを守り、ほどよい甘さの他愛ない会話をし、わたしは落ち着いて食事を楽しむことができた。
デザートのイチゴのミルフィーユを食べ終えた時には、お腹も心も満たされて、幸せいっぱいだった。
「本当に……何もかもが美味しかった。ありがとう、蒼」
「満足してもらえて、よかった。でも……今日のメインはまだ残っているけどね?」
甘い笑みを向けられて、再び頬が熱くなる。
色気のある会話などできないわたしには、「もう、出る?」と言うのが精一杯だ。
「その前に、これも……ホワイトデーのお返し」
蒼は、無造作にスーツのポケットから何かを取り出した。
「手を出して」
右手を出しかけて、「わざと?」と睨まれ、慌てて左手を差し出す。
薬指に嵌められた緩やかな曲線を描く指輪の中央には、控えめな紅い石がひとつ。
優しい曲線や美しいカッティングへのこだわりが、蒼を思わせた。
「蒼が作ったの?」
「デザインはね。作ったのはクラフトマンの友だち。刻印も入れてもらった。白と黒で、『W to B』」
これまでにも、指輪を貰ったことはある。
けれど、わたしのためだけに造られたものを貰うのは初めてだった。
「……ありがとう」
嬉しかった。
人目さえなければ、いますぐ蒼に抱きついてキスしたいくらい。
「気に入ってくれた?」
「もちろん」
「じゃあ……行こっか」