Sweetな彼、Bitterな彼女
店を出て、エレベーターホールへ向かった蒼は、なぜかそこを素通りした。
人気のない通路をどんどん奥へ進んで行く。
「蒼? どこに行くの?」
目の前で、蒼はジャケットの内ポケットから取り出したカードキーをヒラヒラさせる。
「下心のある男がホテルのレストランを予約する時、部屋を取るのは当たり前」
「下心……あったの?」
「紅に対しては、いつだってたっぷりあるよ」
いつの間にチェックインしたのだと思っていたら、部屋の様子を確認するため、昨夜のうちにチェックイン済だと言う。
思い付きで行動しているように見えて、意外と蒼は用意周到だ。
ホテルのルームキーがなければ開けられない扉を潜り、ゲスト用のエレベーターに乗り込むなり、キスをし始める。
しかし、部屋はレストランの一階下だったらしい。
すぐにエレベーターの扉が開いた。
「紅、明日は休みだよね?」
「そうだけど……」
休日出勤をする人もいるが、必須ではない。
「よかった……ここ、レイトチェックアウトだから」
「じゃあ、ゆっくり寝てられるわね?」
「うん。だから、朝まで寝なくても大丈夫」
「……え?」
蒼は、わたしを抱えるようにして、廊下の一番奥の部屋へ入った。
ベッドへ行くまでのほんのわずかな時間でジャケットを床に落とし、わたしのワンピースのファスナーを引き下ろす。
リビングとベッドルームが別になっていて、「ここはスイートでは?」と思ったが、確かめる余裕はない。
足をもつれさせてベッドに倒れ込む。
「紅は……どれだけ食べても、食べ足りない」
「……わたしも」
わたしの胸元にキスをしようとしていた蒼は顔を上げ、甘い笑みを浮かべた。
チョコレートを味わっている時と同じ笑みだ。
「ねえ、紅。このタイミングでそんなこと言ったら……どうなるかわかってる?」
「どうなるの?」
「…………」
蒼は、言葉ではなく、行動で答えを示した。
わたしのあらゆる場所にキスをし、触れ、幾種類もの声を上げさせた。
指や耳を甘噛みし、時折、マーキングする。
もどかしいくらいに穏やかな愛撫でわたしを追い詰めていく。
「んっ……あお、い……もう……」
「……なに?」
「もっと……」
「もっと、どうしてほしいの? 紅」
何を言おうと、ベッドの上では戯言だ。
だから、衒いなく本音を言える。
「傍に、いて」
「うん、いるよ?」
蒼は、くすりと笑ってわたしをぎゅっと抱きしめる。
「もっと、キスして」
「うん」
軽いキスは、徐々に深く、熱く、蕩けるようなものへと変わる。
「それから……?」
耳元で囁く蒼の背に腕を回し、引き寄せる。
「……足りない」
「何が?」
「蒼」
蒼は、嬉しそうに笑い、キスをする。
「ねえ、紅……いつか、紅が触れるもの全部、俺がデザインしたもので埋め尽くさせて」