Sweetな彼、Bitterな彼女
Bitter version 2
年度末決算から監査、株主総会、そして第一四半期決算を乗り切った七、八月は、KOKONOEの財務経理部がひと息つける唯一の期間だ。
特に八月半ばのお盆時期は、家族サービスの必要な人や実家が遠方の人が、こぞって休暇を取る。
普段と変わらず勤務しているのは独身三人組――わたし、三橋係長、雪柳課長くらいのもので、オフィスは冷房が効きすぎるほど閑散としていた。
(……ダメだ。一服しよう)
眠気、疲れ、肩凝りなど、諸々の不調が作業効率を低下させているのを感じ、立ち上がる。
午後四時。
残業せずに帰るには、切れかけている集中力を取り戻さなくてはいけない。
「ちょっと、休憩してきます」
「行ってらっしゃーい」
三橋係長に断って、オフィスを出た。
煙草を吸うつもりだったが、切らしていたことを思い出し、諦めてカフェへ向かう。
この時間帯にしては珍しく、賑やかな笑い声が聞こえて来た。
(商談中……?)
営業担当が、堅苦しい雰囲気を嫌う取引先とカフェで商談することもある。
邪魔になるようなら、早々に切り上げようと思いながら明るい空間へ一歩足を踏み入れ、一瞬立ち止まってしまった。
丸テーブルにいるカジュアルな服装の男女の中に、紅茶色の髪の持ち主がいた。
(蒼……と、カフェプロジェクトの関係者?)
カウンターでコーヒーを待つ間、聞こえてきた話の内容から、蒼が手掛けているプロジェクトのメンバーと思われた。
五月の連休にオープンした期間限定カフェは、予想を上回る集客数で大盛況を博し、今月末で閉店する。
飲食、建築、メディア関係など、さまざまな業種の人たちと仕事を共にすることで、蒼はいい刺激を受けたらしく、本業であるデザインの仕事も捗っていた。
『Chocolate』シリーズに次ぐ、新たなシリーズの構想も固まり、製作サイドと試作を繰り返しているようだ。
カフェプロジェクトが終了する八月末日は、蒼の誕生日でもあるので、できれば二人でお祝いしたいところだけれど……。
蒼はきっと、打ち上げや反省会など、仕事関係の付き合いがあるだろう。
(早めに、蒼の予定や希望を訊かなきゃね)
中心となってプロジェクトを進めていた蒼は、予想どおりに忙しく、ホワイトデー以降、二人きりでゆっくり過ごせたのは五月の連休最終日――わたしの誕生日だけだった。
平日の夜に会う約束をしても、打ち合わせが長引いたり、急な飲み会が入ったりして蒼の帰宅が遅くなり、部屋で待ちくたびれたわたしが寝落ちしてしまうことも度々。
朝起きて、横にいる蒼に気がつくなんてことも、珍しくなかった。
社内でバッタリ行き合うことも、ほとんどない。