Sweetな彼、Bitterな彼女
Sweet version 1
世の中にあふれかえっていたハートマークが、一気に消えたバレンタインデー翌日。
わたしは、朝からイライラしていた。
国内シェアの四十パーセントを占める大手家具メーカー「KOKONOE」に入社して、四年。
財務経理部での仕事にも慣れ、ちょっとしたトラブルやイレギュラーな対応、ミスにうろたえることもなく、平常心で日々の業務をこなせるようになっていた。
ところが。
昨日、久しぶりに平常心を乱される出来事が起きた。
原因は、企画デザイン室のとある人物が提出した、大量の領収書だ。
企画デザイン室で事務を一手に引き受けている担当者が、インフルエンザでダウンしたのが事の始まりだった。
あちらの室長より、担当者が復帰するまで、企画デザイン室の面々は各自で経費の請求をすると連絡があったので、ある程度の混乱や修正は覚悟していた。
しかし、昨日提出された領収書と経費請求書は、お話にならないレベルの「ダメ」具合だった。
社名と部署名であるべき宛名が、何を思ったか「白崎 蒼」と個人名。
内訳は、すべて「チョコレート代」。
別紙で提出された経費請求書に書かれた「用途」は、「食べるため」。
本当に、仕事で「チョコレート」を使用したのかもしれないが、イヤガラセかと疑いたくなるほどのダメっぷりだ。
当月中の経費の支払いは毎月二十日が締め切りと決まっている。
それまでに処理を終えなければ、月を跨いでの清算となる。
三月は年度末決算と重なり、いろいろとめんどくさいことになるため、できれば二月分のものは二月中に処理を終えてしまいたい。
早急に再提出するよう付箋を貼って、即座に企画デザイン室へ差し戻した。
ところが。
今朝、出社したわたしの机の上には、「チョコレート代」が事細かな品名に改められた領収書が積まれていた。
宛名は「白崎 蒼」。用途は「食べるため」のままで。
上司の横田課長は、「企画デザイン室は、変わり者の集まりだからねぇ。領収書が必要だと理解しているだけ、マシだよ~」などと笑っていたが、ふざけているとしか思えない。
午後一で企画デザイン室に突撃してやる、と固く決意した。
だが、その前に……片付けなくてはいけない、重要な任務がある。
「ねえ、紅。もうやめたら?」
お昼の社員食堂で、渋い顔をしながらチョコレートを食べるわたしに、同期の詩子が呆れ顔で首を振った。
「浮気野郎のせいで、具合まで悪くなる必要ないでしょ?」
「あんな男のせいじゃない。ただ、もったいないだけよ!」
きっぱりと言い切って、二個目のチョコレートを口へ放り込む。