Sweetな彼、Bitterな彼女

自分の誕生日を忘れていたらしく、蒼はがっくり項垂れた。
が、すぐに勢いよく顔を上げ、わたしの機嫌を窺うように見つめてくる。


「でも、土曜日の夜なら……」

「資料作るんでしょう? 無理しないで。次の週でもいいんだし」


蒼は、文字で表現するのが苦手だ。

社内誌に載せる社長賞受賞の挨拶文を考えるのに、三日もかかっていた。

原稿用紙一枚分でもそうなのだから、何ページにもわたる資料を一日で作成するなんて、不可能だ。


「……ごめん。次の週の金曜日なら大丈夫だと思う」

「うん。でも、仕事の予定が入ったら、そっちを優先してね?」

「仕事の予定も入れないよ。久しぶりに、紅と二人きりで過ごしたいから」


誕生日にお祝いできないのは残念だけれど、二人きりで会えるなら十分だった。


「蒼、何が食べたい? レストランを予約するか、豪華なものでなくてもいいなら、わたしが作るけど……」

「俺の部屋で、ゆっくり過ごしたいから、ピザとかデリバリーでいい。紅が食べられるなら、何でもいい」

「…………」


つい、蒼の美味しそうな唇に目がいってしまい、慌てて逸らそうとした視線を捉えられる。


考えているのは、きっと同じこと。



(誰も見ていなければ……キスできるのに)




「蒼―っ! こんなところでいちゃつくな!」

「現実世界に戻ってきて!」

「見せつけるなって!」


耳に飛び込んで来たからかいの言葉で、甘い空気は霧散する。

大きな溜息を吐いて、振り返った蒼は彼らを睨みつけた。


「うるさいってば! ごめん、紅。あいつら、大学の同期や先輩だから、遠慮がなくて。今日も、紅に会いたいって言って、仕事にかこつけて無理やり押しかけてきたんだ」

「わたしに?」

「俺、紅にあげるものを作ってもらったりしてるから、みんな知ってるんだよ」

つまり、社内の人たちだけでなく、蒼の友人知人に、わたしの存在は知れ渡っているということか。
< 50 / 130 >

この作品をシェア

pagetop