Sweetな彼、Bitterな彼女
自分の誕生日を忘れていたらしく、蒼はがっくり項垂れた。
が、すぐに勢いよく顔を上げ、わたしの機嫌を窺うように見つめてくる。
「でも、土曜日の夜なら……」
「資料作るんでしょう? 無理しないで。次の週でもいいんだし」
蒼は、文字で表現するのが苦手だ。
社内誌に載せる社長賞受賞の挨拶文を考えるのに、三日もかかっていた。
原稿用紙一枚分でもそうなのだから、何ページにもわたる資料を一日で作成するなんて、不可能だ。
「……ごめん。次の週の金曜日なら大丈夫だと思う」
「うん。でも、仕事の予定が入ったら、そっちを優先してね?」
「仕事の予定も入れないよ。久しぶりに、紅と二人きりで過ごしたいから」
誕生日にお祝いできないのは残念だけれど、二人きりで会えるなら十分だった。
「蒼、何が食べたい? レストランを予約するか、豪華なものでなくてもいいなら、わたしが作るけど……」
「俺の部屋で、ゆっくり過ごしたいから、ピザとかデリバリーでいい。紅が食べられるなら、何でもいい」
「…………」
つい、蒼の美味しそうな唇に目がいってしまい、慌てて逸らそうとした視線を捉えられる。
考えているのは、きっと同じこと。
(誰も見ていなければ……キスできるのに)
「蒼―っ! こんなところでいちゃつくな!」
「現実世界に戻ってきて!」
「見せつけるなって!」
耳に飛び込んで来たからかいの言葉で、甘い空気は霧散する。
大きな溜息を吐いて、振り返った蒼は彼らを睨みつけた。
「うるさいってば! ごめん、紅。あいつら、大学の同期や先輩だから、遠慮がなくて。今日も、紅に会いたいって言って、仕事にかこつけて無理やり押しかけてきたんだ」
「わたしに?」
「俺、紅にあげるものを作ってもらったりしてるから、みんな知ってるんだよ」
つまり、社内の人たちだけでなく、蒼の友人知人に、わたしの存在は知れ渡っているということか。