Sweetな彼、Bitterな彼女
昨夜、四年付き合った彼氏と別れた。

残業が思いのほか早く終わったので、彼氏の部屋に立ち寄った。
彼も残業だと聞いていたため、部屋にチョコレートだけ置いて帰るつもりでチャイムも鳴らさず合鍵で入った玄関には……女物のブーツが転がっていた。

タイミングよくバスルームから出て来た彼の首には、鮮やかなキスマーク。

事情聴取の必要性を感じなかったので、その場で合鍵を返し、別れを告げた。

涙は、一滴も出なかった。

お互いに、仕事や友人、自分の時間を優先する。
メールや電話も、基本的に用がなければしない。
会える時に会う。無理はしない。

そんな関係だったから、泣いて別れたくないと縋る気持ちには、まったくならなかった。

彼だから、ではない。
これまで付き合ったどの恋人とも、同じだった。

燃えるような情熱を感じたこともなければ、一途な恋もしたことがない。
病みつきになる快楽に、どっぷり浸かったこともない。

ほどほどの熱、ほどほどの恋。
それ以上は、いらない。

恋に溺れたことがないし、溺れたいとも思わない。
別れるべき時に、別れられなくなるような付き合いは、したくない。

「誰かにあげれば? 義理ってことで」

「いきなり高級な義理チョコなんて渡されたら、引くわ」

浮気発覚により、せっかく買ったチョコレートは行き場を失った。

潔く捨てようかとも思ったが、某有名ショコラティエの店で購入した限定品。
甘いものが好きではないわたしにしてみれば、「なんでこんなに小さいくせに、こんな値段がするのっ!?」と叫びたくなるくらいの高級品だ。

もったいなくて、捨てられなかった。

そこで、甘党の詩子に食べてもらおうと社食ランチに持参したのだが、ダイエット中だと断られ、自ら食べるハメに陥っている。


「確かに。普段、愛想も愛嬌もまったくない紅が、いきなりチョコレートを差し出したら……勘違いされるわね」

「人聞きの悪いこと言わないでよ! 仕事で必要とされる、最低限の愛想はあるわよ! とにかく……これからは、慎重に相手を選ぶわ」

「は? 何を馬鹿なこと言ってるのよ。もうすぐ二十七になる女に、相手を選んでいる余裕があるとでも? チャンスと見れば、ガツガツいかなきゃ、嫁ぎ遅れるわよ!」


きれいに整えられたネイルを眺めながら、そう言う詩子は肉食だ。

童顔のため、二十七になってもフェミニンでファンシーな服を堂々と着こなしているけれど、欲しいと思った獲物は必ず仕留める。

相手をおびき寄せるためならば、何重にも猫を被れる女優だった。

いったいどこで拾って来るのか、歴代の彼氏たちは高学歴高収入のイケメンぞろいだ。

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