Sweetな彼、Bitterな彼女

*****


(あと三十秒……二十秒……十秒……)


期待と不安を抱えながら、カウントダウンを始める。

さきほど、こっそりスマホの着信を確かめた。


『今夜は、誰か来る?』


蒼に送ったメッセージの返信は、


『いまのところ、来ないと思う』


いまのところ、というのが引っ掛かるけれど、今夜は久しぶりに二人きりで過ごせる期待が大だ。

パソコンの時計が午後六時になった瞬間、シャットダウン。
素早く席を立ち、「お疲れ様です」と周囲に声をかけてオフィスを飛び出した。

しかし、エレベーターホールへ続く廊下で、向こうからやって来た人物に呼び止められる。


「黒田。ちょっといいか?」


呼び止めたのは直属の上司、雪柳課長だ。

いつもなら、ふたつ返事で「わかりました」と従うところだが、今夜だけは勘弁してほしかった。


(なんで……いまっ!?)


課長は、心の中で叫ぶわたしを容赦なくミーティングルームに押し込んだ。


「急ぎの話があるんだ。おまえが帰っていなくてよかった」

「急ぎの話……もしや、年度末決算のことですか?」


蒼に会いたいと急いていた気持ちが、一気に冷める。


「いや。おまえの将来にかかわることだ」

「え?」


いきなり「わたしの将来にかかわる」と大きく出たわりには、雪柳課長はどうでもよさそうなことを訊ねた。


「黒田の母校は、確か北国だったよな? 四年間、あっちで暮らしていたんだよな?」

「はぁ……そうですけれど……?」


雪柳課長の言うように、わたしの母校は北国にある。
勉強も遊びも――恋愛関係を除き、充実した大学生活を送った。


「ということは、雪道にも慣れているな?」

「まあ、そうですね」

「やはり……おまえしか、考えられない」

「え」


まるでプロポーズのような言葉に、うっかりドキッとした。

しかし、雪柳課長に限ってそんなことがあるはずもなく、浅はかなときめきなど木っ端みじんに吹き飛ぶ、事実を告げられた。


「実は、来月から本格稼働する新支店の準備にあたっていた三橋が……骨折した」

「…………えぇっ!?」


三橋係長は、わたしのような期間限定ではなく、正真正銘北国の出身だ。

最近、体調を崩しがちな母親の傍に住みたいということで、今春オープン予定の新支店への異動を希望し、正月明けからあちらで準備にあたっていた。


「だいぶ目途が立ってきたんで、休日を満喫しようと十年ぶりにスノボに行ったところ……派手に技を決めようとして、転んだらしい。右手右足首を骨折して、全治三か月だそうだ。幸い、リハビリさえ頑張れば、ほぼ元のような生活ができるとのことだ」

骨折するなんて、気の毒だ。
死んだりしてなくてよかったと思う。

しかし……。

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