Sweetな彼、Bitterな彼女
そんなわたしの返答を、即断即決が信条である仕事の鬼、雪柳課長は「ふん」と鼻で笑う。
「考えるまでもないだろう? 白崎とのグダグダした付き合いに、キリをつけるいい機会だ」
「グダグダした付き合いって……」
「結局、おまえは白崎との関係を何一つ、改善できていない。違うか?」
痛い所を突かれ、顔が強張った。
昨年、雪柳課長には、すれ違いが続いていた蒼との関係を改善したいなら、一緒に過ごす時間を作るようアドバイスされていた。
しかし――、
結局そのアドバイスを活かせないまま、現在に至る。
カフェプロジェクト以降、蒼の忙しさは倍増していた。
人脈が広がって、付き合いが増えた。
毎晩のように出かけ、毎晩のように蒼の部屋を誰かが訪れていた。
その合間にも、次々と質の高い新商品を送り出していた。
寝る暇もないのではと思うほどの活躍ぶりだ。
そんな蒼に、無理を言って時間を作ってもらうなんて、とてもできなかった。
いまや、KOKONOEの広告塔の役割まで担っている蒼は、社外に出ることも増え、勤務時間中に社内で行き合うこともない。
財務経理部のオフィスに来ることも。
カフェや社食で見かけることも。
喫煙タイムをジャックされることも、ない。
煙草の本数は増え続け、禁煙なんて永遠にできそうもない。
毎晩のように残業しているわたしの予定が空白なことは、隠しようもなかった。
「むこうで、未開の地を切り拓けるたくましい男と出会うかもしれないぞ?」
「未開の地って……江戸時代じゃないんですから。いまの発言で、北国の住人を敵に回しましたよ、課長」
「倒しがいのある敵なら、いつでも大歓迎だ」
「だったら、課長が行くという手もあります。わたしを課長代理に任命して」
「おまえ、下剋上を企てる気か?」
「今度は戦国時代ですか? まったく……。とにかく、週明けまで時間をください。即答なんかできません」
「いいだろう。何なら、俺が白崎に話をつけてやろうか?」
冗談めかした口調とは裏腹に、雪柳課長は真剣な表情をしていた。
「……丁重に、お断りさせていただきます」
恋人との話し合いに上司を引っ張り出すなんて、とんでもない。
すっくと立ち上がって部屋を出ようとしたが、呼び止められる。
「黒田」
「はい?」
「辛いときには、誰かに寄りかかることも必要だ」
雪柳課長は、優しさと憐みの入り混じった表情で、趣味の悪い冗談を口にした。
「泣きたくなったら、胸くらい貸してやるぞ」
わたしが目を逸らし続けている未来が、雪柳課長には見えている。
大人で、経験値が高くて、包容力がある人だ。
頼れば、きっと支えてくれるだろう。
でも、職場で――上司の前で、泣くつもりはなかった。
たとえ、蒼と別れることになったとしても、涙を流すことはないから。
別れたくないと思うような恋は、していない。
「お気持ちだけ、ありがたく受け取っておきます」
わたしの返事に、雪柳課長は苦笑いした。
「おまえなら、そう言うと思ったよ」