Sweetな彼、Bitterな彼女
唐突な話に、耳を疑う。
「新しい家……?」
「梱包は業者に頼むから、紅の荷物、片づけておいて」
己の爆弾発言の威力など、まるで気にしていない蒼は、手を止めることも顔を上げることもせず、スケッチブックに「何か」を描き出すのに夢中だ。
「…………」
なぜ引っ越すのかと問い質したくても、とっさに声が出なかった。
「いらない物は、袋に入れてまとめておいてくれたら、あとで捨てる」
「……わかった」
結局、それしか言えなかった。
蒼の発言と行動が唐突なのは、いまに始まったことではない。
何度となく、振り回されてきた。
ただ、今夜は何かが頭の片隅に、胸の奥底に引っ掛かる。
それが何なのかを探り出す前に、次の言葉が耳を打つ。
「それから、もう少ししたら人が来る。大学の同期とか、その友だち」
(どうして……? 二人きりで、過ごすつもりじゃなかったの?)
喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
深呼吸し、できるだけ柔らかい口調を心がける。
「お鍋、二人分しか材料ないんだけど?」
「いいよ。たぶん、飲むばっかりで食べないし。帰りたかったら、帰っていいよ。疲れてるだろうし」
他意はないとわかっていても、その言葉がひどく冷たく聞こえた。
しかも、蒼は相変わらずこちらを見もしない。
(ここで、土鍋を放り投げて窓を割るとかしたら、さすがに顔を上げるかも?)
昆布がふやけている土鍋を見つめて、そんなことを考えていたら、玄関のチャイムが鳴った。
「お邪魔しまーす!」
「あけましておめでとうございまーすっ!」
「もう、正月気分は抜けてるだろ」
ほんの数分後、騒がしい声がして、男女入り乱れた集団がリビングになだれ込んで来る。
「あ! 蒼の彼女さんだ! こんばんはー!」
「こんばんはー、紅さん!」
「お邪魔しまっす!」
顔を知っているのはミカともう一人、蒼の幼馴染である緑川くんだけだ。
蒼の部屋にはいろんな人間が出入りする。イラストレーター、Webクリエイター、プロダクトデザイナー、画家、彫刻家……。
友人が友人を連れて来て、初対面の人間が混じっていても、蒼は気にせず迎え入れる。
「ごめんなさい、何も用意していないんだけど……」
一応、大人の礼儀としてお詫びしたが、彼らは手にしたビニール袋を振り回す。
「つまみも酒も買って来たんで、おかまいなく!」
「そうそう、お気になさらず!」
「コップいるよね?」
「ワインオープナー、どこ?」
彼らは、勝手知ったる様子でキッチンからお目当てのものを探し出し、赤や白、カラフルなドリンクを注ぎ始める。