Sweetな彼、Bitterな彼女

ほどほどの付き合い、ほどほどの恋でいいと思っていた。
いまのような希薄な関係を、望んでいたはずだった。

それなのに、息が苦しくて、胸が痛い。

このままでは、蒼に別れを告げられても、「別れたくない」と言ってしまいそうだ。


(潮時、なのかもしれない)


溜息と一緒に紫煙を吐き出した時、手にしていたスマホのバイブが作動した。


『紅、いまどこ?』

『蒼のところ。ヒマ』


それだけで、詩子は状況を悟ってくれる。


『出て来ない?』

『行く。どこ?』

『XXXX』


詩子が指定してきたのは、わたしの自宅近くにある居酒屋だった。


『これから移動するから、一時間後で』

『了解』


返信し、煙草をもみ消す。

ベランダから室内へ戻り、バスルームへ入ろうとして、ちょうど出て来た人とかち合った。


「こんばんは、紅さん」

「こんばんは、ミカさん」


計算された長さに捲り上げたシャツの袖。ビンテージのジーンズ。華奢な手首に揺れるシンプルなブレスレット。真夜中でもくすみ知らずの完璧なメイク。綺麗に整えられた爪。

――ナチュラルを装ったフル装備。

彼女からは、ほのかに甘い香り――蒼と同じチョコレートの香りがした。


「一緒に飲まないんですか?」

「邪魔したくないから。あまり、飲めないし」

「邪魔してるのは、わたしたちですよ。せっかく二人きりで過ごしていたところにお邪魔して。ほんと、男どもは遠慮ってものを知らないんだから」

「気にしないで。蒼も楽しんでいるし。わたしはいつでも会えるから」

「でも、蒼が転職したら、いままでのようには会えなくなるかもしれませんね? 蒼は、これからどんどん仕事が楽しくなると思うんです。転職先のデザイン事務所は、大きな賞を獲ったり、海外で高い評価を受けたりしている人たちばかりが所属していて、蒼にとって切磋琢磨できるすばらしい環境だから……」

「蒼もいい刺激をたくさん受けて、活躍できるかもしれないわね?」

「そうですよ! だから、転職をお祝いしてあげてくださいね? 蒼、紅さんに反対されるかもしれないと思って、転職のこと言えずにいたみたいですし……」

「反対なんて、するはずがないのに。でも、わざわざ教えてくれて、ありがとう。蒼には、ちゃんとおめでとうって伝えるわ」

「ぜひ、そうしてあげてくださいね?」


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