Sweetな彼、Bitterな彼女
*****
「詩子、ごめん! 遅くなった」
家の近所のおでんが美味しい居酒屋は、ありがたいことに深夜営業をしている。
ラストオーダーまで、まだ二時間近く猶予があった。
「わたしも、さっき来たところ。おつかれー」
カウンターのいつもの席に陣取って、手酌で瓶ビールを小さなコップに注ぐ詩子は、かなり出来上がっていた。
すでに、どこかで飲んでいたようだ。
小柄で童顔の詩子は、十代と言っても通りそうな風貌のため、オジサンたちの憩いの場であるこの居酒屋で、とてつもない違和感を醸し出している。
が、本人はまったく気にしていない。
「蒼くんを放っておいていいの?」
「ゲイジュツカたちがいらっしゃっているから、いいの。それに、どうせ別れるし」
「ごふっ」
詩子が、飲んでいたビールを噴き出した。
「汚いなぁ、詩子」
「別れるって……本気?」
「転職するんだって。しかも、ゲイジュツカたちが転職祝いで乱入するまで、わたしはそのことを知らなかった。引っ越しもするみたい」
「ああ……やっぱり、あの噂本当だったんだ」
「詩子、知ってたの?」
「今春の新商品で、なんとしても『Chocolate』シリーズを上回らなくちゃって、営業とか広報とか躍起になってたからさ。どうしてなのかって訊いたら、次はないからってポロリとね」
詩子は総務課に所属しているため、各部署と接点があり、顔が広い。
「……だから課長、あんなことを言ったのか」
今夜、ゲイジュツカたちがやって来なければ、蒼に話すはずだった出来事を思い返し、苦い笑いが込み上げた。
「課長? 雪柳課長になんか言われたの?」
「うん。異動を打診された。打診と言っても、受ける以外の選択肢はないんだけど」
「異動っ!? まさか、新支店?」
勘のいい詩子は、すぐに思い当たったようだ。
「そう。実は、三橋さんがやらかしてね……」
わたしは、なみなみとコップに注がれたビールをひと息に飲み干して、急な異動の経緯をかいつまんで話した。