Sweetな彼、Bitterな彼女
「異動が三橋さんのせいだというのはわかったけど、それと別れ話がどう噛み合うわけ?」
「自然消滅の完全犯罪を企んでみようかな、と思って」
「どういうこと?」
「わたしの誕生日までの二か月ちょっとの間に、蒼がわたしの異動に気づかなかったら、別れたものとみなして、連絡を絶つ」
「気づかなかったらって……気づかないわけないでしょう? 彼女が突然いなくなったら、パニックになるでしょうが」
「ならないわよ。蒼にとって、わたしはどうでもいい存在だから」
「は? そんなわけ……」
「少なくとも、これからの蒼の人生の中に『わたし』は存在していない」
「あのね……有名なデザイナーで、見栄えがよくて、将来有望。年中入れ食い状態の蒼くんが、お付き合いしていたのは……」
呆れ顔で諭そうとする詩子にみなまで言わせず、反論する。
「いまのわたしと蒼は、付き合っているって言えないわよ。最近は……なんていうか、いてもいなくても差し支えのない存在になっている。久しぶりに二人で過ごすことよりも、友人を優先するんだから、もう一緒にいたいと思わないってことでしょう? 必要のない存在だってこと」
「結論に飛びつきすぎよ。家族みたいな感じなんじゃないの? そこに居てくれるのが当たり前の。そこまでの関係になれるって、ある意味すごいことじゃない。いわば、空気みたいに自然に受け入れているってことでしょ?」
どこまでもポジティブ思考の詩子の見解に、わたしは苦笑しながら煙草を取り出した。
禁煙に成功して三か月目の詩子がむうっと唇を尖らせるが、無視して火を点ける。
深く吸い込むと咳き込んでしまうが、懲りずに吸い直す。
「詩子。空気がそこにあるって感じるのは、息ができないと気づいた時だけでしょ。蒼にとって、わたしが『いる』と感じるのは、わたしがいなくなって苦しいと感じた時だけ。つまり、苦しいと感じなければ気づかない。賭けてもいい。蒼は、気づかない」
「紅の悪い癖よ。なんでも、難しく考える」
「そう? 単純なことだと思うけど」
「第一、白黒つけなきゃ気が済まないあんたが、自然消滅なんてできるとは思えないんだけど? 結局、蒼くんが二か月ちょっとの間に気づかなかったとしても、紅が蒼くんに気持ちを残したままだったら、意味ないじゃない。忘れられなかったら、どうなるかわかってる?」
煙草を吸い、再び咳き込む。
やめようと思っても、やめられない。
だから、苦しくても、続けてしまう。
「苦しい思いをし続けることになる、わね」
「時間の無駄よ。はっきり訊けばいい」
「何を訊くのよ?」
「これからどうしたいのか、どうするつもりなのか」
「訊くまでもないと思うけど」
「紅……別れようって言われるのが、怖いの?」