Sweetな彼、Bitterな彼女
図星だ。
ずっと、怖かった。
蒼への気持ちが、大きくなればなるほど、怯えていた。
「別れたくないと言ってしまいそうな自分が、怖いのよ」
離れられなくなる前に、離れる。
そうしなければ、別れるべき時に、別れられなくなってしまう。
お互いを不幸にするだけの関係に、縋りたくなかった。
誰も幸せになれない関係を続けるなんて、意味がない。
「蒼くんのこと、好きなんでしょ? そのくせ、別れようと計画を立てるなんて、支離滅裂」
「支離滅裂じゃないから、綿密な計画を立てているじゃない」
「ザルにしか見えない計画だけど? 蒼くんを怒らせるだけよ。まだ残っているかもしれない紅への気持ちが、きれいさっぱり消えるかも」
蒼の中に、まだわたしを好きだという気持ちがあるのだろうか。
見えないだけで、まだ好きだと思ってくれているのだろうか。
(……聞いてないな)
いつからか、蒼の気持ちを聞いていない。
わたしが照れてしまうくらい、いつもまっすぐに伝えてくれていた言葉を、ずっと聞いていない。
「で、いつ行くの?」
いきなり話題を変えられて、目を瞬く。
「異動よ」
「え? あ、ああ、うん。月曜に返事をして、それから一週間で引き継ぎして……土曜か日曜になると思う」
「ものすごいハードスケジュールね。それまでに送って欲しいものリサーチしておくわ」
「は?」
「野菜に洋菓子、旬の魚。むこうは食材の宝庫じゃないの! お取り寄せできない、ご当地限定品もあるでしょ?」
「ちょっと! わたしを買い出し要員にするつもり?」
「使えるものを使って、何が悪いのよ?」
「……そういう女よね、詩子は」
「いま頃わかったの?」
「…………」
それからは、詩子のイマカレであるエリート外科医の面白すぎる潔癖ぶりを酒の肴に、ビール、焼酎、日本酒と酒杯を重ねた。
「ねえ、紅。本気で、蒼くんと別れるつもり?」
ラストオーダーに熱燗を頼んだ詩子は、ぐいっと男前にお猪口を煽り、わたしを睨む。
「別れるつもりというか、事実上すでに別れているようなものでしょ」
「あんな、若くて、イケメンで、しかも才能があって、紅のことを大好きな彼氏なんて、二度とできないかもしれないわよ?」
「そうね。でも、わたしとのことは、現在進行形じゃなくて、過去形だから。今夜のお代は、わたしが払う。口止め料」
「共犯にする気?」
「何もしなければ、共犯にはならないわよ。蒼が、詩子にわたしの行方を尋ねるとは思えないし。万が一、訊ねられたら個人情報だから社外の人間には教えられないと言えばいい」
「ほんと、あんたって……めんどくさい女」
「否定はしない」
詩子は、大きな溜息を吐いて呟いた。
「でも……恋人の前で、簡単で単純な女になれなくなったら……それが、おしまいってことなのかもしれないわね」