Sweetな彼、Bitterな彼女
Bitter version 5
*****
「紅?……ねえ、紅……紅ってばっ!」
バンッとテーブルを叩く音に、ハッとした。
「あ、詩子」
「あ、詩子……じゃないわよっ! 大好物の鶏のから揚げも目に入らないほど、何を思い悩んでいるわけ?」
「あっ!」
指摘されて、社食でお昼にいつもの鶏のから揚げ定食を食べようとしていたことを思い出した。
慌てて口にしたが、悲しいことに冷めきっている。
「で、異動の話はどうなったの?」
「うん、やっぱり来週の頭に着任、今週末で移動になりそう」
「で?」
「で、って?」
「それだけじゃないでしょ。何かあったから、うわの空なんでしょうが」
昨夜、タクシーで自宅に帰りついたわたしは、シャワーを浴び、ストックしていたビールを二缶空けて、朝まで一度も目覚めることなく眠った。
蒼からは、メール一つ来なかった。
あの状況で、連絡が来るとは期待していなかったから、うわの空である原因は蒼ではない。
朝から会議続きでまともに顔を合わせずに済んでいる、雪柳課長だ。
一応周囲を確認し、小声で告げる。
「昨夜……課長に、プロポーズされた……んだと思う」
詩子は目を見開き、「やっぱりね」と呟いた。
「やっぱりって……どういうこと?」
「紅は、鈍いから気づいていなかったと思うけど……あんたと雪柳課長がデキてるって噂、地味に広まってたから」
「ええっ!?」
「だって、あの部署で結婚の予定がない独身は、課長とあんただけでしょ。あ、マザコンの三橋さんは数に入れないからね?」
「いくらなんでも独身ってだけで、デキているなんて……強引すぎる」
「鬼の雪柳課長は、紅にだけ甘いから」
「そんなことない。わたしに対しても鬼だから!」
「食事や飲みに連れて行ってもらってるでしょう? 雪柳課長、営業にいた時は、女性社員とは絶対に業務以外の付き合いはしないって有名だったのよ?」
「でも、残業の帰りだし、三橋さんとかほかの人も一緒のことが大半よ?」