Sweetな彼、Bitterな彼女

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引き継ぎと引っ越しの準備に追われ、時間はあっという間に過ぎた。


何ごともなかったなら、きっと蒼と過ごしていたはずのバレンタインデー。

わたしは午後から半日休みを取り、最低限の身の回りのものを単身パックで北の国へ送り出した。


どうしても捨てられないものはトランクルームへ預け、古い家電は処分し、『Chocolate』シリーズの家具は詩子に譲ったので、本当に身一つで行くようなものだ。

不動産会社の営業マンと最後の点検を終え、部屋を引き渡してホテルへ向かったのは午後六時。

コンビニで買ったおにぎりを食べながらメールを確認し、ちょっと一服して……気がつけば、八時を回っていた。


(八時っ!? 急がないと、もしかしたら蒼が帰って来るかもしれない……)


慌ててホテルを飛び出し、蒼の部屋へ向かう。

蒼の部屋にある私物をまだ片づけていなかった。
明日にはこの地を去るのだから、これ以上先延ばしにはできない。


あの夜以降、蒼から連絡が来ることはなかった。

わたしからも、していない。


きっと、このまま終わるのだろうし、それでいいのだと思う。

会っても、何かが修復されるわけではない。
むしろ、修復不可能なくらい、壊れるだけだ。

蒼が今夜留守にしていることは、緑川くんに確認してあった。

大学時代の友人たちが、チョコレートづくしのバレンタインパーティーを開くらしい。
チョコレート好きな蒼にとって、きっと楽しい夜になるだろう。

わたしの手にも、某有名ショコラティエのお店で購入した、予約限定販売の超高級チョコレートがある。

蒼にあげる最後のチョコレートだ。

いまさらだと思わなくもないけれど、せっかく予約したのだし、捨てるくらいなら食べてもらったほうがいい。

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