Sweetな彼、Bitterな彼女


(やっぱり、ホテルからタクシー使えばよかったな……)


改札を出て、冷たい空気を吸い込んだ途端、咳き込む。
無理が祟ったのか、昨日から風邪気味だ。

雪柳課長は、体調が優れないなら、日程を多少ずらしてもいいと言ってくれたが、ウィークリーマンションや飛行機を手配し直すのが面倒だった。

帰りにコンビニでちょっと高めの栄養ドリンクでも買おうと思いながら、いつものように合鍵で蒼の部屋へ入る。


(きれい……家事代行でも頼んだ?)


部屋の中は、思ったよりも片づいていた。
昨日は、珍しく誰も来なかったのかもしれない。

まずは、チョコレートを冷蔵庫へ入れ、寝室へむかう。

クローゼットを開け放ち、わたしが置きっぱなしにしていた服たちを次々床へ積み上げる。


(ああ、これ……蒼が気に入ってたんだっけ)


奥の方に押し込まれていた、懐かしい部屋着を見つけ、手を止める。

かわいらしいピンクと白の横縞の部屋着は、まったくわたしの趣味ではない。
もこもこふわふわの触り心地を蒼が気に入って、勝手に買ったのだ。

蒼の部屋でイチャイチャしながらゆっくりすることがなくなってからは、ずっとクローゼットの奥に押し込まれたまま。

すっかり冷たくなって弾力を失っていた。


(もう二度と着ることは、ない)


ゴミ袋へ落とし、溜息を吐く。

次は、バスルーム。

シャンプーの類、使い古したバスタオル。歯ブラシ、ヘアバンド。鏡裏に置いていた化粧水や簡単なメイク道具。

わたしのものではない、『誰か』のものを除いて、全部処分した。

ペアで購入した食器類も、全部処分する。
わたしが料理をするときにしか使っていなかったから、なくなっても蒼の生活には差し支えないはずだ。

リビングに、わたしのものはわずかしかない。

でも、手にする一つ一つが、蒼との思い出をよみがえらせた。

毎回、同じところで二人とも笑ってしまうコメディ映画のDVD。
いつも奪い合いになっていた、肉球クッション。
わたしの知らぬ間に、蒼が底に「禁煙!」と書いた灰皿。
おしゃれな額縁に入れられた、わたし作の下手すぎる蒼の似顔絵。

感傷的にならないよう、歯を食いしばる。

パンパンになったゴミ袋は四つ。
エレベーターで往復し、一階のごみ置き場へ運び終えた時には、十時を過ぎていた。


(なんだか……あんまり変化ないかも?)


表面上、部屋の中は何も変わっていないように見えた。

蒼は、梱包も引っ越し業者に任せると言っていたから、なくなったことにすら気づかないかもしれない。


(……帰ろう)


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