Sweetな彼、Bitterな彼女

エントランスで、部屋の鍵を返そうとポストの前で立ち止まる。

黒猫のキーホルダーを見て、蒼がこの鍵をくれた時のことを思い出した。



『紅限定で、俺の部屋は出入り自由だから。いつでも、紅が来てくれるのを待ってる』



初めて蒼の部屋に泊まった翌日。

わたしを駅まで送ってくれた蒼は、キーホルダーに込めた下心――蒼の部屋の合鍵を差し出した。


(いい加減、思い出すのはやめなきゃ……)


震える手で鍵をリングから外そうとした時、五、六人ほどの集団がエントランスへ入って来た。



「紅さん!」



真っ先に声をかけてきたのは、「ミカ」だった。


「もしかして、蒼がわたしたちと出かけてるって知らなかったんですか? もう、なんでちゃんと言わないのよ? 蒼っ!」


蒼の腕を叩く彼女の仕草は、叱ると言うより、見せつけているとしか思えない。


(ああ、もう……これじゃ、嫉妬しまくるイヤな女じゃない)


さっさと立ち去ったほうがいい。
さもないと、今度こそみっともない姿をさらしてしまう。


「今夜は部屋を片づけに来ただけだから。もう用は済んだし、帰るところ。それじゃ……」


蒼の横を素通りしようとしたが、行く手を塞がれた。


「待ってください、紅さん」


行く手を塞いだのは、緑川くんだった。


「あの、俺たち帰りますから」

「え?」

「おまえら、帰るぞっ!」

「竜、どうしたんだよ?」

「いいから、帰るんだって!」


緑川くんは、酔っ払いたちの抗議を無視し、入って来たばかりの自動ドアから彼らを押し出す。


「ミカ、おまえもだよ!」

「ちょっと、竜っ! わたしはっ……」


緑川くんは、蒼の腕にしがみついていたミカを無理やり引き剥がした。


「いい加減、当てつけがましい真似はよせよ? みっともない。蒼、ちゃんと紅さんと話せよっ! 紅さん、おやすみなさい」


冷ややかな声で叱りつけ、悔しそうに表情を歪めるミカを引きずって、緑川くんは自動ドアの向こうへ消えてしまった。


そして――、
わたしと蒼だけが、静まり返ったエントランスに取り残された。

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