Sweetな彼、Bitterな彼女
蒼は、沈黙したまま身じろぎもしない。
離れて落ちる沈黙は、重苦しいだけだ。
「……わたしも、帰る」
いまさら蒼の部屋へ戻る気にはなれず、歩き出そうとした手を掴まれる。
蒼は顔を上げ、ようやく重い口を開いた。
「紅……行かないで。話しが、したい」
断ることもできたけれど、久しぶりにわたしをまっすぐ見つめるチョコレート色の瞳に魅入られた。
「……少しだけなら」
わたしの手首を掴んだまま、蒼はエレベーターに乗り込んだ。
部屋に入るなり、蒼はわたしを抱きしめる。
「蒼? 話があるんじゃないの?」
「…………」
無言のまま、蒼はわたしのスカートの裾から手を差し入れてきた。
「ちょっと……蒼っ!」
もがくわたしをソファーへ押し倒しながら、慣れた手つきでジャケットを剥ぎ取り、ブラウスをたくし上げ、下着を引き下ろす。
ひと言も言葉を発することなく、わたしの声を殺すためだけにキスをする。
「あ、お……っ!」
蒼に触れたい、触れられたいという気持ちは、未だにある。
でも、こんな風に犯されたいとは思わない。
ドン、と強くその胸を叩くと、蒼が唇を離した。
「あお……蒼っ……なんで、こんな……」
「紅。いつから?」
「え?」
「いつから、あいつと寝てるの?」
「な、に……? 蒼、何を……誰のことを……言ってるの?」
「昨夜だって……どうせ、アイツの部屋か、紅の部屋に行ったんだろ?」
蒼が言う「アイツ」とは、雪柳課長のことだった。
疚しい関係ではないと即座に言い返せばよかったのに、プロポーズのことが脳裏を過る。
「…………」
わたしの沈黙を肯定と取ったのか、蒼は歪んだ笑みを浮かべた。
「年上で、安定した収入があって、包容力があって、尊敬できる上司。結婚したい女が好きな要素ばっかりだよね」
「わ、たしはっ」
「一度に、二人の男は好きなれないから、どうでもいい方は切った。浮き沈みの激しい仕事をしてる、年下の男なんて頼りにならない。あいつと結婚するまでのつなぎにちょうどよかった。そういうことだろ」
「そんなこと、思ってないっ!」
「それでもいいよ。セックスするのは、好きだし。紅とは、相性もいいしね」
再び唇を塞がれて、膝を割られる。
「ん、んんっ」
いやだと叫ぼうにも唇は塞がれたままだし、抵抗しようにも体重をかけて押さえつけられ、自由が効かない。
初めは強張っていた身体も、慣れた蒼の愛撫で次第に解れ、喉からは甘ったるい嬌声が迸る。
頭の芯は冷え切っているのに、身体だけは熱く蕩け、欲望を満たしたいと訴える。
いやだと思いながら、蒼の愛撫に応えてしまう自分を心の底から嫌悪した。
「い、やっ……いやぁっ……うっ……」