Sweetな彼、Bitterな彼女
泣き落としは、きらいだった。
自制できなくなるから、人前で泣くのはいやだった。
蒼の前でも、泣いたことなどなかった。
たぶん、ひどい言葉を投げつけられるだけなら、耐えられただろう。
でも、「どうでもいい」存在として扱われることには、耐えられなかった。
「……紅?」
わたしが泣いていることに気づいた蒼が、首筋に埋めていた顔を上げる。
「紅っ!? どこか、痛……」
「……どいて」
震える手で胸を軽く押し返しただけで、蒼は素直に身を離した。
自由を取り戻すなり、床に散らばっていたシガレットケースとライター、携帯用の灰皿を拾い上げる。
震える手でライターの着火レバーを何度も押す。
ようやく火が点き、深々と紫煙を吸い込もうとして咳き込む。
「紅、やめたほうが……」
煙草を取り上げようとする蒼から顔を背け、言い返した。
「気持ちを落ち着けるのに、必要なのよっ!」
「…………」
咳き込みながらも、なんとか一本吸い終えて、力任せに煙草を押し付けて火をもみ消す。
ようやく震えが治まった手を蒼が握りしめた。
「ごめん、紅」
蒼は俯いたまま、目を合わせようとしない。
「ひどいことして……傷つけて……ごめん」
チョコレート色の瞳が好きだった。
わたしがどんなに蒼のことを好きか、「知っている」と言うように、じっと見つめるまなざしが好きだった。
もう長い間、そんなまなざしを見ていない。
「雪柳課長とは、寝ていない。一度も。あの日も、わたしのマンションまで送ってくれただけ。タクシーから、降りてもいない」
わたしの否定の言葉を聞いて、蒼は呟いた。