Sweetな彼、Bitterな彼女
「……紅と雪柳課長の噂が、気になってた」
「そういう噂が流れていたって、わたしもつい先日知ったわ。でも、雪柳課長との接点なんて仕事以外にはないし、上司としか思っていなかった」
「ちがう。紅は、あの人のことが好きなんだよ」
蒼は、泣きそうな顔で笑った。
「紅は、自分では気づいていないと思うけど、あの人と仕事してる時、すごくいい顔をしてるんだ。絶対的な信頼を寄せていて……心の底から尊敬していて……憧れてるって顔。思わず、スケッチしたくなるくらい」
「わたしはっ……」
蒼が言うとおりのことを、確かにわたしは雪柳課長に感じていた。
でもそれは、「恋」ではない。
「仕事だってわかってたよ。だから、紅を束縛しないように、紅のことばかり考えないように、しようとした。仕事を詰めて、気が乗らない付き合いも断らないようにして、紅を待たないようにして……。紅と会えなくても平気になろうとした。そうしないと……さっきみたいに、紅を滅茶苦茶にしそうだったから。でも、上手くいかなかった。あの人と一緒にいる紅を見て……嫉妬で狂いそうだった」
「蒼……」
「俺、自分で思っていたよりもずっと……紅のことが、好きだったみたい。紅はあんまり束縛されるのが好きじゃないみたいだから、我慢してたけど……本当は、毎日紅に会いたかった。一緒に何かをしなくてもいい。ただ、傍にいてほしかった。一緒に住みたいと思ってた。でも……いまの俺には、将来の話なんかできないから……言えなかった」
蒼は、どんなに頑張っても届かないものを前にして、諦めたような笑みを浮かべた。
「あの人に比べれば、俺は……男としても、人間としても、ぜんぜん経験値が足りないってわかってる。だから、紅の気持ちが傾くのもしかたないと思う」
そうじゃないと言いたいのに、喉の奥に何かがつかえて、声にならない。
「誰かを好きになる気持ちは、自分ではどうしようもないものだから。付き合っている相手がいても、別の人に気持ちが向くことだってあるよ」
その言葉は、わたしだけではなく、蒼自身に向けた言葉のようにも聞こえた。
蒼は、わたしを「好きだった」と言った。
過去形だ。
蒼が、もうすでにほかの誰かを――『ミカ』を好きなのだとしたら。
「本当に好きな人と一緒にいるのが、一番いいと思う」
言いたいことをすべて吐き出したからか、蒼は穏やかに笑った。
でも、わたしの心の中は、穏やかとはほど遠かった。
伝えたいこと、言うべきことが折り重なり、あふれ出し……ずっと言えずに燻っていた言葉がふいに押し出された。
「蒼は……『ミカ』と寝たの?」