Sweetな彼、Bitterな彼女
Bitter version 6
蒼の部屋を出て、猫のキーホルダーごとポストへ合鍵を投入し、駅へ向かった。
電車でホテルへ戻る気にはなれず、タクシーを待つ人の列に並ぶ。
幸せいっぱいのカップルの姿と残業帰りと思われる疲れ切った顔のサラリーマン。恋に破れたと思われる泣き顔の女性。
そして、咳き込むわたし。
幸運なことに、タクシーは順調にやって来て、並んでいる人たちを回収していく。
熱が上がってきたのか、頭がぼうっとしている。
頭の片隅では、自分がショックを受けていると理解しているが、現実味が薄く、自分自身を傍観しているような気分だ。
(これでいいと思っていたのは、わたしだけだったのかもしれない……)
蒼の話を聞いて、これまでの元カレたちの「浮気」も、わたしの冷めた態度が原因だったのかもしれないと思った。
相手も納得してくれていると思っていたけれど、ただ言えずにいただけかもしれない。
――わたしが、言わせなかっただけかもしれない。
どの元カレとも、「浮気」が原因で別れていた。
どの元カレとも、「好きだ」と言われたから付き合っていた。
わたしは、「好きだ」と言ってくれた彼らの気持ちに向き合おうとはせず、自分の都合で「好き」の量を調整して、一定以上は受け付けようとしなかった。
結局、わたしが大事にしていたのは、自分だけだった。
不器用な蒼だから、最後まで逃げずにわたしと向き合おうとしてくれただけで、普通ならとっくの昔に別れ話を持ち出すか、浮気ざんまいの日々を送っていただろう。
(自然消滅には、ならないか……)
蒼もわたしも、「別れよう」のひと言を口にしなかったけれど、事実上別れたようなものだ。
(煙草……吸いたい……)
無性に一服したくなったが、咳が治まらないかぎり無理そうだ。
冷えた空気は火照った頬に心地よくても、肺にはあまりよろしくない。
涙目になりながら咳き込んでいるうちに、息が苦しくなってきた。
喉からヒューヒューという空気が漏れるような音がし始め、さすがにおかしいと焦ったが、不運なことにわたしの後ろに並んでいる人は誰もいない。
(な、んなの……息が、できないっ……!)