Sweetな彼、Bitterな彼女

パニックになりかけたわたしの耳が、特徴的な着信音を捉える。

ドヴォルザークの交響曲第九番第四楽章の冒頭――雪柳課長だ。

うずくまりながら、震える手でどうにか鞄からスマホを引っ張り出す。


『もしもし、黒田？　すまないな、こんな時間に。月曜の朝イチで使う資料で、訊きたいことがあって……』


通話にした途端に喋り出す課長に、助けを求めたいのに声が出ない。


『黒田？　もしもし？　寝てるのか？』

「ちが、……く……し、い」


聞き苦しい呼吸の音で声はかき消されてしまったが、雪柳課長はわたしの様子がおかしいことに気づいてくれた。


『おい、黒田っ!?　どうした？　どこにいるんだっ!?』


しかし、場所を伝えようにも声が出ない。
苦しくて、涙があふれた。


（こんなところで……死にたくない）


「お客さんっ!?　どうしましたっ!?」


車のドアが開く音がして、目の前に停まったタクシーから運転手が飛び出して来た。


「すぐそこに、救急外来あるんで連れて行きますね!?　ケータイ、貸してください！　もしもし、ご家族の方ですか？　いまから△△病院へ連れて行きますんで。喘息の持病ありますか？　ない？　うちの息子と同じ症状なので、きっとそうじゃないかと思うんですけど……また、あとで架けますねっ」


運転手はすばやく雪柳課長に状況を説明し、わたしを抱えるようにしてタクシーに乗せた。


「大丈夫ですよ！　応急処置してもらったら、すぐ楽になりますから」