Sweetな彼、Bitterな彼女
芸術分野の才能が壊滅的なわたしには理解出来ない、「何か」があるのかもしれないけれど。


「それなら、参考資料とかなんとか、それらしいこと書いて再提出してください」

「え? また?」

「そう」

「……どうしても?」


面倒だという気持ちはわかるが、一度例外を作れば、なし崩しになってしまう。

そして、小さなほころびが大きなほころびへと繋がる可能性は、けっして低くない。
金銭にかかわる事柄で、それをやってしまうのはとても危険なことなのだ。


「経費にしたいなら、再提出してください。自腹を切るなら、必要ないですけど」


チョコレート一つ一つは、そんなに高額ではないが塵も積もれば山となる。
蒼は、がっくりと項垂れた。


「……わかった」


肩を落とし、チョコレートの箱を大事そうに抱えて立ち去りかけた彼は、突然「あっ!」と叫んで振り返った。


「名前! 名前訊くの忘れてた」

「……黒田(くろだ)です」

「黒田、なにさん?」

 
なぜ、そんなことを訊く必要があるのだと思ったけれど、教えたくない理由があるわけでもない。


「紅色の紅で、コウ」

「ふうん……?」


チョコレート色の瞳で、わたしをじっと見つめていた彼は、「確かに、そういう色」と呟き、ふわりと笑った。


(そういう色って……どういう色よ?)


「ねえ、紅。俺の名前は、憶えてくれた?」

「しろ……」

「蒼だよ」


見据えられ、しかたなしに頷く。


「このチョコレート食べたら、もう一度提出するから。ごちそうさま、紅」


弾むような足取りで去って行く後ろ姿を茫然として見送る。

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