Sweetな彼、Bitterな彼女
Sweet or Bitter 1
北国は、五月でもまだ肌寒い。
迷った末にスプリングコートを羽織り、アパートを出た。
世の中は大型連休中だけれど、何の予定も入っていない。
その上、本日二十九歳の誕生日を迎えるのに、祝ってくれる人が誰もいない。
(……わたしって、寂しいおひとり様?)
本社勤務だったわたしが、諸事情により急遽この街の支店へ異動することになったのは、まだ雪の残る二月のことだった。
大学時代の四年間を過ごした街は勝手知ったる場所だが、学生時代の友人のほとんどがこの街を離れてしまっている。
残っている友人もみな結婚して子供がいるため、連休ともなれば家族サービスに忙しい。
ぶらぶらとウィンドウショッピングし、そろそろ歩き疲れたからどこかでひと休みしようかと思い始めた時、コートのポケットに入れていたスマホが震えた。
詩子から、ハッピーバースデーのメッセージが届いている。
『遊びに行くから、待っていて!』との追伸付きだ。
『早く来ないと、間に合わないよ!』と返す。
丸一年の滞在を覚悟しての異動だったが、更地の状態から立ち上げた新支店もだいぶ形になってきた。
激務続きの果てにようやく本格稼働となった時には、社員一同、ほぼ屍のような状態だったが、この頃ではだいぶ人間に戻りつつある。
三橋さんの怪我も、母の愛の力か回復が早く、経過は良好。
いまでは松葉杖も必要ないし、右手もリハビリに励んでいて、一本指入力が可能だ。
この調子で行けば、わたしも他部署のサポート社員と同じく、秋ごろには本社へ戻れるかもしれない。
ビールの看板に誘われて、おひとり様でも気楽に過ごせるスポーツバーに入り、カウンター席に腰を落ち着けた途端、再び詩子からのメッセージが届く。
『ところで、時効は成立しそう?』
『たぶんね』
『それで、紅の気持ちはどうなの?』
即座に返って来た詩子の問いに、
『二か月ちょっとじゃ、足りなかったかも』
そう、白状した。
昨日まで、わたしのデスクには黒猫グッズがあったし、いまだって、緑川くんからのメッセージを心待ちにしている。