Sweetな彼、Bitterな彼女
激務に追われ、ただただ仕事のことだけを考えて日々を過ごしていた四月。
緑川くんから、山積みになったチョコレートを頬張る二人の写真が、メッセージと共に送られてきた。
これまで緑川くんの勤務先を知らなかったのだが、どうやら蒼が転職した事務所で、営業職として働いていたらしい。
彼によれば、蒼は転職して早々、念願叶ってチョコレートのパッケージデザインの仕事をしたのだという。
それからというもの、緑川くんは蒼の様子を窺わせる写真を送って来るようになった。
職場の同僚たちと焼肉をしていたり。
デスクに向かって真剣な表情で何かを描いていたり。
粘土細工、ガラス工芸、革加工などの工房を訪ねたり。
いろんな場所で、いろんな顔をする蒼がいた。
指輪やウェディングドレス、傘や鞄のデザイン画をいくつか見せられて、どれが好きか訊かれたこともある。
どれも魅力的で、もしも店頭で見かけたなら、まちがいなく買ってしまいそうで……。
蒼にとって、転職は「必然」だったのだと思った。
KOKONOEを離れてしまっても、デザイナー「白崎 蒼」の一ファンとして、彼の活躍を心から応援したいと思う。
もちろん、蒼がKOKONOEのデザイナーとして最後に作った商品も、好調な売れ行きを見せている。
『A to_』シリーズは、高品質、シンプルで飽きのこないデザインで、幅広い年齢層をターゲットにしていた。
ひとり暮らし、ふたり暮らし、結婚、子どもが生まれて家族が増え、やがて夫婦で老後を過ごすまで――。
各ライフステージに対応できるよう考えられた家具は、パーツによってはカスタマイズが可能で、可動式だったり折り畳み式だったりと、使いやすさや柔軟さも兼ね備えている。
『つまり、雪柳課長の胸には、飛び込めないってこと?』
届いた次のメッセージに、苦い笑みが浮かぶ。
雪柳課長とは、毎日のように電話でやり取りしているが、するのは仕事の話だけ。
三橋さんの怪我の経過やわたしの体調を訊かれることはあるが、プライベートな話はお互いにしない。
たとえそんな機会があったとしても……いまのわたしに、プロポーズの返事はできそうもない。
『まだ……』
詩子へ返信しようとして、着信に遮られた。
新入社員や三橋さんから、助けを求める電話が架かってくるのは日常茶飯事。
反射的に応答した。
「はい、黒田です」
『……紅?』