Sweetな彼、Bitterな彼女
「……み、緑川くん?」
懐かしい顔は、確かに緑川くんのものだったが、その横にいるのは……。
「詩子?」
「誕生日のお祝いに来てあげたわよ! 紅。わたしがいなくて、寂しかった?」
にやりと笑う詩子に、笑い返そうとして、涙が溢れた。
「泣くほど感激してもらえるなんて、友だち冥利に尽きるわね」
「もうやだ……来るなら来るって、言ってよ! それに、どうして詩子と緑川くんなのよ?」
詩子が差し出したハンカチで目元を拭いながら、何とも意外な組み合わせの理由を問う。
「新婚旅行よ」
「は?」
「結婚したの」
「え? 誰が?」
「わたしと竜くん」
「りゅ、竜くん……?」
「詩子さん、何を言い出すんですかっ!?」
緑川くんは、真っ赤な顔であたふたと事情を説明する。
「ちがいますからねっ!? 紅さん。詩子さんには、合コンを何度もセッティングしてもらっていて、お世話になっていて……今日は、紅さんの誕生日のお祝いに行くと言われてついて来たら、なぜか飛行機に乗せられて、ここにいるんです」
「詩子……。ごめんね? 緑川くん」
「え、あ、いえ……俺は、別にかまわないんですけど……まだ彼女も出来ずに暇でしたし」
「詩子。ちゃんと紹介してあげたの?」
「心配しないで、紅。緑川くんには、いろいろとレクチャーしているから」
「レクチャー? いったい、何を……?」
「やだ、紅。決まってるでしょう?」
にやりと笑う詩子に、緑川くんは焦って言い訳する。
「合コンの攻略法を教えてもらっているだけですっ!」
「詩子……緑川くんで遊ばないで」
「紅は、相変わらず真面目なんだから」
「あのう……ところで、紅さん。どうしてS市に?」
緑川くんは、旅行者には見えないわたしの身軽な恰好を訝しむ。
詩子は、緑川くんを拉致しただけで説明はしていなかったらしい。
「二月に、ここの新支店に異動になったのよ」
「えっ!?」
「期間限定の異動だから、そのうち本社に戻る予定だけど」
「あの、蒼、このこと知らないんじゃ……」
「そうね。知らなかったみたい。さっき電話で話したら、驚いてたわ」
「当たり前じゃないですかっ!」
普段、温厚な緑川くんが大声を張り上げたことに、わたしだけでなく詩子も目を丸くした。
「蒼は、ずっと紅さんがむこうにいるって思ってたんですよっ!?」
「まさか気づかないなんてこと、あるはずがないと思ってたんだけど……ダメになった恋人同士の別れ際なんて、そんなものよね」
「蒼は、紅さんと別れたなんて、ちっとも思ってないですよ!?」
「そんなつもりはなくとも、別の相手がいるなら、事実上終わったってことでしょう?」
緑川くんに、誰のことを指しているか説明する必要はなかった。