Sweetな彼、Bitterな彼女
「蒼は、ミカとはなんでもありません」
表情を強張らせ、きっぱりと言い切る。
緑川くんが嘘を言うとは思えなかったが、蒼本人から聞いたのだ。
勘違いや気のせいではない。
「蒼に訊いたら、否定しなかったわよ?」
「詳しく聞いたんですか?」
「寝たのかって訊いたら、否定しなかった。それで十分じゃない?」
緑川くんは、「ふう」と大きく息を吐いた。
「蒼は、馬鹿正直だから……あいつがミカと関係があったのは、学生の頃の話ですよ」
「まさか」
「本当です。一回だけ。ミカが酔った蒼を襲った、というのが正しいですけど。蒼は真面目だから、付き合うつもりでいたんですけど、俺が止めました。ミカには大勢セフレがいたので。いまでは、蒼もミカがどういう女か知ってます」
「でも、疑われるような行動を取っていたんじゃないの?」
わたしの代わりに追及する詩子に、緑川くんは苛立ち交じりの溜息を吐く。
「だから、転職したんですよ」
「……だから?」
「何も聞いてないんですか? まったく蒼のやつ……」
緑川くんは声量を落とし、わたしが知らなかったことを教えてくれた。
「まず、ミカをプロジェクトのメンバーに選んだのは、蒼じゃありません。あいつを愛人にしてたKOKONOEの販売部長ですよ。一緒に仕事をする以上、露骨に避けるわけにはいかないし、メンバーを変えてくれとも言えなかったから、蒼はしかたなく相手をしていたんです」
「なるほど。大人の事情ってわけね」
詩子は頷きながら「人事部の友だちにメールしておこうかな」と呟く。
「ええ。でも、ミカに限らず、蒼は転職してから、仕事関係の付き合いをかなり絞り込んでます。描く時間を確保するために、プライベートでの付き合いも減らしてるくらいで。事務所の人間と仕事帰りに飲みに行くのがせいぜいです。ようやくデザインに専念できてるんですよ」
まるで、KOKONOEではそれが叶わなかったかのような、緑川くんの口ぶりだ。
「……KOKONOEでは、違ったということ?」
「そうです。蒼の容姿を宣伝に利用したいって気持ちはわかりますけどね。毎週末のようにイベントに引っ張り出したり、蒼の顔を見たいと言われて接待の席に呼びつけたりするのは、やり過ぎでしょう?」