Sweetな彼、Bitterな彼女
蒼は、雑誌などのメディア関連への露出には、最初から乗り気ではなかったけれど、まさかそんな扱いをされていたとは、知らなかった。
楽しそうに仕事をする姿しか、知らなかった。
「あいつは確かに友だちが多いです。でも、紅さんと会う時間はちゃんと確保してた。俺にさえ、一年もの間、紅さんを会わせなかったくらいなんですよ? それが、KOKONOEの社員や関係者がらみの付き合いがどんどん増えて……自分ではコントロールできなくなっていった。立場上断れないから、上司にも何度か相談して、上に掛け合ってもらったみたいですけど、どうにもならなかったって言ってました。最後の方はもう諦めてましたよ」
「そんなことになっていたなんて……知らなかった。言ってくれたら、何か力になれたかもしれないのに」
蒼は、アイデアが思いつかないとか、上手く表現できないと言ったことを漏らしても、それ以外の仕事の愚痴を言ったことがない。
(わたしは、いったい蒼の何を見ていたんだろう……)
部署は違えど、先輩社員として、後輩である蒼の力になれなかったことを悔やまずにはいられない。
「蒼も男なんで。プライドがあるから、紅さんの前で弱音は吐きたくなかったんだと思います。ただ、転職のことは、常に頭の片隅にあったはずです。KOKONOEとも、一年更新の契約しか結んでませんでしたから」
「え……そうだったの?」
人気デザイナーとのコラボレーション商品を開発する場合、期間限定で契約を結ぶことはよくあるが、まさか蒼もそうだったとは知らなかった。
「その辺のこともあって、アイツ拗らせたんでしょうね……。十分な実績を上げてから、次へ進もうと考えていたのに、予定より早く転職することになった。しかも、紅さんの傍には、蒼より遥かに大人のイケメン課長がいる。嫉妬して、やせ我慢して、我慢しきれなくなって紅さんに八つ当たりして……自滅」
「蒼くんでなくとも、あの雪柳課長に敵う男はそうそういないのに……」
「そうですよ。でも、蒼は、紅さんのこととなると、正常な思考ができないんで。紅さんに会いたいくせに、別れ話をされるのが怖くて、連絡もできない。ただひたすら、紅さんグッズのデザインばかりしてる。俺がいなかったら、どうするつもりだったんだか」
友だちおもいの緑川くんは、わたしたちが没交渉になっていることに気づいて、蒼の近況報告をしてくれていたらしい。
「蒼くんて……器用そうに見えて、不器用なところが、紅にそっくりね」
詩子の感想に、緑川くんは何度も頷く。
「だから、紅さん。蒼の話を聞いてやってください」
もっと早く、いまの話を聞いていたら、別れずに済んだかもしれない。
けれど、いまさらだった。
「……無理よ。もう、終わったの。さよならって言う前に、電話切られたけど。架かって来ることは……二度とないと思う」