普通の幸せ
靴を履いている間に、後ろからパタパタと足音がする。
彼女が見送ってくれるらしい。
「じゃあ行ってきます」
「裕さん、傘」
彼女が上の棚から折りたたみ傘を出した。
ちょっと背伸びをして。それもまた可愛いくて、思わずほっぺたにキスをする。
「も、もう、いいから」
照れる彼女も可愛い。
「傘も、おにぎりも、ありがとう」
玄関を開けた。
彼女は、笑顔で小さく手を振った。
「行ってらっしゃい」
……幸せだ。
やっぱり、最上にはおにぎりはやらない。
寒空の下。
カバンの奥底に隠している、一粒の高価な石がついた指輪を、いつ渡そうか考えながら、会社へと向かった。