爽やか王子の裏側は



「姉ちゃん、風呂いいよ」


「あ、快斗先行っていいよーまだやることあるし」


「いいの?なんか手伝う?」


「大丈夫大丈夫ー!学校のやつだから」


「そ、じゃお先」


んー快斗って根はいい子なんだけど無表情なんだよなぁ

なんてことを考えながら机に向かう




よし、宿題終わり!


次は…



宿題を片付けて広くなった机に色のくすんだキーボードを出す


これは私の10歳の誕生日の時、お母さん達が買ってくれた大切な宝物


中古で買ったやつでごめんねって言ってたけど私には十分だった


今はもう音はならない


指を乗せるとカコンと小さな物音を立てるだけだ


私は毎日これを弾いていた


そして今でもそう


音はならないけど頭の中で歌いながら、私にしか聞こえない音で演奏する


今日の放課後のことを思い描きながらカコンカコンと音を鳴らし、『月の光』を奏でる







もうどれくらい前か覚えてないけど、まだ小さかった頃、たまたまお父さんと一緒に行った場所でストリートミュージシャンを見た

お洒落に飾られたピアノを楽しそうに弾くその人の姿に釘付けになった

童謡、流行りの曲、ジャズ、クラッシック

様々なジャンルの曲を次々と奏でるピアニストに心を奪われたのを覚えている

それが私のピアノを好きになるきっかけだった


そんな私を見越して買ってくれたこのキーボード


二つとない宝物


一番好きな『月の光』


初めて聞いた時、なんて綺麗な曲なんだろうって思って楽譜を探し回って必死に覚えた


旧校舎で初めてグランドピアノでこの曲を弾いた時は泣きそうになった


ピアノが好きだなって心から思える



「…ん、ちゃん!ねーちゃん!」


わっ!


「何回も呼んでるんだけど」


お風呂を上がったのか濡れ髪の快斗が部屋の前に立っていた


「あ、ごめんね」


「また熱中してんの?風呂、覚める前に入ってきなよ」


「うん、ありがとー!」


いかんいかん


たまに周りが見えなくなってしまう


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