爽やか王子の裏側は
「頑張ってる健気な自分が好きなんじゃなくて、ピアノを弾いてる自分が好きなの。」
その言葉に長谷川くんがさらに目を見開いたのがわかった
「でも、ここでしかピアノは弾けない。ここも勝手に使ってるからダメなんだけど…家にはピアノがないから。
だからたまに放課後ここに来て1人でピアノを弾いてる。」
靴を脱いで椅子に腰掛ける
好きなんだよなこの感覚
ピアノに触れた瞬間に周りが見えなくなるくらい
その存在を受け止めるのに必死になる
ピアノと私、2人きりの空間
「ピアノのこと、馬鹿にしないで」
無意識に指が動き、最初の和音を奏でた
『月の光』
ベルガマスク組曲第3曲
ドビュッシーの名曲
視界の恥に呆然と立ち尽くす長谷川くんが映る
なんか流れでここまで来てしまったけど
一度ピアノに触れれば苛立ちも困惑も全て無くなる
そんな瞬間…
ーー
曲が終わる
本当にひと時
長いようで一瞬。
「月の光…」
ボソリと長谷川くんが言った
「うん、私の…私たちの好きな曲」
俯き気味だった顔がスッと上がった
「…変わってるね西村華乃は」
「…そうかな」
長谷川くんほどではないけど
「自分の価値観でしか見られないなんてかわいそう…か。結構刺さったw」
う、
説教癖が
なんか本当に勢いで来てしまった
伝わっただろうか、、
「でも…いい音だね。あんたのピアノの音」
え?
「俺のとは全然違う」
「長谷川くんの?」
長谷川くんは少しだけ口角を上げるとピアノに近づいてスッと椅子に座った
その瞬間
!!
な、なんだこれ
ブワッと何かが広がる
……
空気だ
黒いピアノに腰掛けて細めの手でピアノの鍵盤を撫でる
その動き一つ一つが豪華で可憐で、美しい