"さよなら"には早すぎて、"はじめまして"には遅すぎる
疲れる。
千葉崎から莉乃に対してそんな言葉が出て来るとは思わなかった。
いつ、どこへ行くにもすかさず彼女の惚気を挟んでくるし、空いている日は全て莉乃のために使おうとするような男だ。
これまで莉乃に関しての愚痴や相談事も一切なく、円満なのだとばかり思っていた。
「喧嘩してないのに一緒に帰らなかったの?こんな寒いところにいる必要なかったでしょ?」
「莉乃は用事があるみたいで先に帰ってもらったんだ。俺は……ちょっと頭を冷やしたかったんだよ」
「……それが、なんでそんなに傷ついた顔になるわけ?」
頭を冷やすというのは気持ちを鎮めようとすることだ。傷ついた事を隠すことじゃない。
いつもヘラヘラ笑って、馬鹿なこと言って絵里を怒らせる。そんな千葉崎はどこに行ったのか。
図体はでかいくせに弱り切って小さく見えて、彼女の愚痴を溢す、こんな千葉崎を見たことがない。
千葉崎が絵里の手を解放し、ふ、と儚げに笑って彼女を見る。
それから絵里に手を伸ばし、彼女の腰を引き寄せて抱きしめた。
予想外の動きに絵里は一旦は硬直し、ハッとして千葉崎を剥がそうと肩に手を置くがまたしてもびくともしない。
「なんでだろうな。酒井といるとホッとする」
「な、何言ってんの」
「天邪鬼だけどめちゃくちゃ分かりやすい。口悪いし手もすぐ出るけどそんだけ自分のことを見せてくれる奴だから、俺もこうして素直になっちゃうのかね」
褒められているのか貶されているのかは分からないが絵里にはこの状況が分からなかった。
ただ、段々と声が細くなっていく千葉崎に対抗する気が削がれている。